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アザーウェイズ

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「それはない。しかし、マスコミに騒がれることだけは覚悟しておけ。住民の目もある。特定されれば厄介なことになるだろう。他には? なければ各隊準備にかかれ。なお敵が市民や華僑を装って市内に潜伏している可能性は皆無ではない。油断するな」
 ベトナムやイラク、アフガニスタンなどで住民に疑心暗鬼になったアメリカ兵の気持ちがわかるような気がする。
 頭上を低空で数機の陸自のヘリコプターが飛び交っていく。どの機も捜索にあたっているようだ。
 もうまるで戦場のようではないか。
 直島よりも大規模な自衛隊の展開に、理斗は武者震いした。
 ふと、交差点の向こう側が騒がしくなっているのに気付いた。
 何事か、と注視すると、どうやら民間人の集団が騒いでいるようだった。若い者から中年くらいまでだろうか、男達が「山狩りだ」と気勢を上げている。中には猟銃のようなものを手にした男の姿も見える。
 警察の機動隊は、彼らをなだめるようにして行く手を遮っていた。隊長らしき人が先頭に立って危険だから帰宅するようにと説得しているようだった。
 その合間に、小隊長は広げた地図を見ながら無線で会話していた。終わった小隊長がこちらに向く。
「警察が高速を逃げた敵を追うそうだ。我々は山狩りだ。洞見一曹は川井分隊長と組んで行動してくれ。指揮は川井が取る。機兵を有効に使え」
「はい」
 川井が返事をした。
 理斗も負けじと返事をする。命令された以上、彼を苦手などとは思っていられない。
「まず、車でここの地点まで移動。道路沿いに非常線を張ったうえで、そこからこの範囲まで、機兵を使って山中を捜索しろ。あと、機兵なら狙撃してもいい。致命傷にならない射撃、機兵ならできるな?」
 と、川井は肩を叩いてくる。そしてまだ騒いでいる民間人の集団に振り向き、
「まったく民間人はおとなしくしてろよ!」
 と、不満げに吐き捨てた。

 四国中央市の中心から離れた場所。県道から脇道を入った閑静な住宅街に、五十鈴美緒の実家はあった。
 美緒は居間にいて、テレビのニュース番組を食い入るように見ていた。
「お母さん! 外が凄いことになってるよ!」
「はいはい」
「ホントだって!」
「テレビ見てるなら手伝いなさい。帰ってきてからずっとごろごろしてるだけじゃないの」
 前日のパートの疲れからまだ眠たいのに父と娘に起こされ、台所で朝食の準備をしている母が面倒くさそうに答え、その態度に美緒はちょっと苛としたようだった。
「もう! どうするの!?」
 立ち上がって居間を出ると、二階へと上がり道路に面した窓をあける。きょろきょろとまわりを見渡すが、普段の休日の朝と何一つ変わらない風景が見えるだけだ。隣の家からは、台所で食器の触れ合うカチャカチャという音が聞こえ、換気扇から流れる玉子焼きの匂いも漂ってくる。まったく平和ないつもの住宅街であった。美緒は市の中心方面に顔を向け、そちらに背伸びしながら眼を凝らすが、通りの先には犬を散歩させている知った顔のおばさんがいつもどおり歩いているだけである。
 再び居間に戻ってテレビを見ると、ものものしいカーキ色の自衛隊の車両が何台も映り、上空には同じくカーキ色の迫力あるヘリコプターが低空で飛んでいる。美緒は眼を見張った。
『――えー、現在陸上自衛隊がこの付近に集結しつつあります。これから武装工作員の捜索にあたるものと思われます。あっ、えーと、ただ今入った情報によりますと新兵器の機甲歩兵ロボット、通称機兵が投入されているとのことです。機兵は今年から運用され始めた遠隔操縦によるロボットです。このロボットが隊員に代わって敵工作員に対峙することにより、隊員、ひいては市民の命が守られるのです』
「うわっ、凄いこれ……市街戦でも始まるみたい……」
 と、レポーターが叫んだ。
『あっ、見てください、あれが機兵ではないでしょうか』
 カメラがズームされる。が小さくしか映らず、数名の隊員たちの中に迷彩服とヘルメット姿の背の高い隊員が見えるだけである。しかし、その一番背の高い隊員が微動だにせずにしかもひとり暗視ゴーグルをつけているので、機兵に間違いない。
「あっ、もしかして斉田さんも来てるのかな?」
 美緒は斉田が機兵パイロットだと知っていた。
「お母さん、ちょっと見てくるね」
 そう言い残し、美緒は玄関で靴を履き始める。
「早く帰ってくるのよー」
「はーい」
 玄関わきに置いてあったスクーターに乗って、市中心部へと坂を下り始めた。商店街の近くまで来ると、さすがに騒ぎの声が聞こえてくる。裏通りにあたる商店街で、祝日でしかもまだ朝だったため人の姿は殆ど見えなく寂しい町並みだ。
 美緒はもう少し機兵が見えるところまで行こうと、さらに進む。
「あれ?」
 何か黒い影が動いたように思えた。商店街の一番端、シャッターの閉じた既に空店舗となって久しい二つの店舗の間に。
「黒猫かな?」
 その隙間を覗き込む。
 何かが光った。
 猫の眼?
 美緒はさらに奥まで覗き込むが、建物の間で薄暗くてよくわからない。
「まあいいや」
 と、再びスクーターに跨り、数メートル進んだところで停まった。これ以上行くと、警察官に見つかって怒られそうな気がしたのだ。美緒は自衛隊車両が数台停まっているのを見通せるところで、斉田の姿を探し始めていた。

「すみません小隊長。現場に出発する前に一度動作確認させてください。二分もあればできます」
 理斗は射撃管制システムの動作確認をしていないのに気付き、小隊長に申し出た。トラックの中では確認しようがない。
「まだやっていなかったのか――仕方ない早くやれ」
 機兵の横で理斗はヘルメットの上に載せていたゴーグルを下げる。
 視界をズームさせる。と、青いスクーターが停まっているのが視界に入ってきた。乗っているのはすぐに女性だとわかった。なんて呑気なんだ、と理斗はスクーターに跨ってきょろきょろと周りを見ている女性をさらにズームした。
「美緒……さん?」
 ジェットヘルメットの内側の見える顔は、明らかに見覚えがあった。
「こんなところで何を――」
 アップになっている彼女に錯覚して、ここに居るかのように話しかけていた。が、突然理斗の表情が凍りついた。
 素早くコントローラーを操作すると、機兵は小銃の銃床を肩につけ、小銃を構えた。狙いの先にいるのは美緒。いや、美緒の背後にわずかに半身を見せて小銃を構えている男だ。
 男の狙いは美緒なのか?
 一瞬の迷いが生じていた。
 だが撃つしかなかった、間違いなく、男の小銃の射線上にいるのは美緒だった。
 パンッという乾いた音が響き渡った。
 撃ってから、理斗はハッと機兵の射撃モードが『負傷』になっていることを確認していた。
 そして銃声が鳴り響いた後には、先までの周囲の騒々しさが嘘のように静寂となっていた。
 理斗の見るゴーグル内では、男が脚をおさえて崩れ落ちている。そして美緒がそれを振り返っていた。
「どうした!?」
 再び騒然とし始めた中で、小隊長が理斗に問いただす。
「敵工作員です」
 理斗は指差した。その方角に早くも数人の警察官が駆け足で向かっている。どうやら、美緒の悲鳴に反応したものらしかった。
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L