アザーウェイズ
『我々は日本にいる中国人民と中国領事館を守る必要があるんです。現在の日本の治安能力ではそれらは明らかに欠いている』
『日本では必要な措置を講じています。領事館での出火も原因特定できていないではないですか』
『それは日本人が放火した可能性があるってことでしょう?』
『勿論失火の可能性もあるってことでしょう?』
『とにかく我々を通せ。我々は我が国民を守る義務と権利がある。日本も日本人居留民保護を名目に一九二八年に山東に出兵したじゃないか。それと同じだ』
『いや、全然状況が異なるだろ。それに当時は治安が戻ればすぐに撤兵している』
『我々も目的を達すればすぐに撤兵する』
『そんな保証はないでしょう』
『確かに過去日本は我が国にやっているから、疑うのも無理はない』
『日本が侵略したとでもいうのか!』
『違うのかっ!』
『……そんな一世紀も前のことは知らん! とにかく我が国の出入国管理法にしたがってもらう――』
日本語を話せる中国軍人と日本の役人の会話が、すべてテレビカメラを通して伝えられていた。
『確かに、今回も領事館が自ら火を出したと考えられないこともないですからね。謀略はどの国もやりかねません』
過激な発言で知られるゲストがスタジオでそんな発言をしている。
しかし、言葉ほどには中国軍人と日本の役人の間には緊張感が感じられないのだった。「なんだ俺らが行く必要あるのか?」
「まだわからんだろ。あれを突破してくるかもしれん」
「突破したって瀬戸大橋の一本道来るんだから狙ってくれって言ってるようなもんだぜ」
そう言った隊員が上空を見上げた。
轟音ともに飛び去っていく二機の飛行機が、赤い炎を暗闇に曳いていた。
「さんごー、Bかな?」
眼で追った先にはF−35Bの機影が、うっすらと明るくなったばかりの東の空に映っている。全員が眼を凝らして飛び去った方向を見ていた。
「橋ぶっ飛ばす気か!?」
櫃石島の冷静さとは対照的に、坂出では軍人、民間人が殺気立っていた。
(どうなるんだ、これ……)
理斗は、いつ機兵に出撃命令がくだるかと、そればかりが気になって仕方がなかった。
「――了解。これから四国中央方面に向かいます」
つい先ほどから無線を使っていた小隊長が話し終えていた。
突然後ろを振り返る。
「全員移動するぞっ!――高速に乗る」
インターチェンジから高速道路に入ったところで、小隊長が緊張をはらんだ声で説明を始める。
「陽動だ。こっちは陽動だったんだ。いま四国中央付近に国籍不明の武装工作員が上陸したとの連絡が入った。当然中国軍だろう――全員、装具をいまいちど点検しろ」
小隊長の言葉で全員がヘルメットをかぶり直し、防弾チョッキや弾帯、サスペンダーの取り付け部を引っ張り、また三十連弾倉の入った迷彩弾納を上からポンポンと叩いたりした。
理斗も彼らに連れて同じ行動をとった。ただ彼らよりも念入りに防弾チョッキの側部の合わせ目を確認した。自分の身をかすめた銃弾の音が忘れられなかったのだ。
「海保も海自も何やってんだ」
「仕方ないだろ、トカラで人手も船も割かれてるんだ。後は俺たちが何とかするしかない」
「洞見一曹」
「はい」
「機兵を起動してくれ。すぐに出番があるかもしれん」
「はい!」
理斗は機兵のマスタースイッチを入れる。
ブォンン――――……キチキチキチ……。
電源部から電子機器へと通電し始めたときの特徴的な音に続いて、関節各部のアクチュエーターが初期位相を検知して調整し始める音が車内の騒音の中でかすかに聞こえてくる。この音を聞くのも理斗にとってはとても大事なことだった。異常があれば、まず最初にこの音に表れてくるからだ。
マスタースイッチ横のランプも正常の緑になっている。
(大丈夫そうだ……あっ!)
理斗は慌てて衛星通信のスイッチを確認する。もう同じ失敗は出来ない。今度は命を落とすかもしれない。二度三度と押し込むように確認した。
上陸したという現場付近に到着するころには、既に日の出の時間だったが、曇り空でどうもはっきりしない天気だった。
インターチェンジを降りたところでは、別の自衛隊車両が何台か停まっていた。善通寺に待機していた普通科第二中隊が先に到着し、警戒態勢をとっているようだった。
小隊長は再び無線を使っている。
「了解。車外で警戒させます――おい! 全員車外で警戒態勢を取れ」
そう言うと、走っていった。他の二名の小隊長も走って中隊長のもとに集まる。
全隊員は車から身を低くして降りて周囲を見張った。理斗は機兵を下車させると、走っていった小隊長の後姿を眼で追った。
しばらくして、小隊長が走ってくる。すると、「分隊長集まれ」と手招きした。
理斗も小隊長のもとへと走った。機兵は一応一分隊として数えられており、理斗は謂わば分隊長扱いなのだ。
「状況を報告する。敵はゴムボートで上陸し、駐車中の車を奪って山のほうへ逃げ込んだということだ。ボムボートが五隻。五または六人乗りと思われるため、三十名は上陸していると思われる。武装は小銃、ランチャー付きも想定される。敵は警察官には威嚇発砲したが、住民には攻撃する様子は見られなかったらしい。現在、住民は全員家から出ないようにと市と警察から指示が出ている。まっすぐに山のほうに逃げたということだが、念のため近くの住居に逃げ込んだかどうかを第二中隊が確認し、今のところ異常なしということだ。これから我々は山に偵察に入る。いいか、敵には致命傷を負わすな。全員殺さず捕獲しろ」
「生け捕りですか?」
川井分隊長が無理だと言わんばかりに口調だった。
「そうだ。上からの命令だ。敵が攻撃したときには反撃してもいい。但し、敵を負傷にとどめる自信がある者のみだ。なければ、撃たずに、に……退却しろ」
そこにいる分隊長の誰もが、小隊長が逃げろという言葉を避けたことに気付いていた。
「そんな、反撃してもいいが殺すななんて殆ど逃げろってことじゃないですか」
ざわついた部下に、小隊長が再び口を開く。
「いいか、瀬戸大橋に中国の正規軍がいるんだ。彼らに日本に上陸させる口実を与えてはならない。たとえ、工作員であろうと、中国人を一人でも殺せば、どんな言いがかりを付けられるかわからない。しかし捕虜として捕らえれば、中国も言い訳できない。証人は生きてこそ意味がある。一方、死者は口実になるんだ。忘れるな。質問は?」
「現時点で予想される敵の目標、目的は?」
分隊長のひとりが質問する。
「わからん。現在判明していることは、工作員が大量の武器を運び込んだということだ。他に目撃者の証言を総合すると、車を奪った一団が高速に乗ったという証言もあれば、山中に逃げ込んだという証言もある。断定できないが、今のところ連隊本部では高速道路網を寸断するための破壊行為、および市街地へのテロ行為を画策しているものと予想している」
理斗はこの付近の地図を思い浮かべた。四国の地理はまだ詳しくないが、四国中央市は高速道路が交わる要衝であることだけは知っていた。
「応戦で敵が死亡したときに処罰はありますか?」