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アザーウェイズ

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 番の州公園と常盤公園を見て廻ると、もう夕日は迫っていた。もう聖通寺山の展望台に登れば、今日の観光はおわりだろう。
 だが、理斗は展望台にあがるとき一度足を止め躊躇った。なぜならそこは恋人たちの聖地と言われるほどのスポットだったのだ。
 展望台のフェンスに近づけば、南京錠でびっしりとフェンスが覆われていた。それは二人の『誓いの鍵』なのだそうで、それぞれに名前やメッセージが書き込まれていた。
 今も一組のカップルが錠をかけようとしている。
(紗奈……)
 思い出さずにはいられないその名前。
 紗奈……紗奈、紗奈紗奈紗奈……!
 理斗は何度も心の中で唱える。
 瀬戸大橋にライトが燈され、海の向こうに続いているライトの流れを眼で追った。

 この先に紗奈がいる……。

 僕は何も出来ないのか、出来ない存在なのか。

 暮れゆくなか、理斗は橋上を走り行く車の赤いテールランプを、ただ眼で追い続けていた。

     †

 理斗はここ数日、第一七普通科連隊の第一中隊との訓練が続いていた。
 斉田から送られたミニミ軽機関銃のデータも試してみた。
 三十発入りの小銃用弾倉の付け替えはできたが、二百発入りの箱型弾倉がうまく出来ず、その調整を繰り返していた。
「おいおい、それじゃ困るんだよ。早く俺たちに取って代わって第一線で活躍して欲しいんだからよ」
 川井分隊長がそれを見て鼻で笑った。
 一方、夜は夜で酒が過ぎていた。ひとりで夜家にいると、どうしても酒に手が伸びてしまうのだ。
 酔いの朦朧とした中で聞こえてきたのは、高松の中国領事館で火事が発生したという報道だった。アナウンサーの声が揺れて聞こえてくる。
『中国領事館領事館長の会見によると、火の手のまったく無いところから出火したことから放火されたと主張しています。先週から続いていた中国人による待遇改善のデモに対し、日本人がカウンターデモを行っていましたが、その一部が過激な行動を取ったのだというのです。日本政府は、中国側の主張には根拠がないと反論しています』
 映像には、中国人のデモと日本人のカウンターデモの様子が映っている。衝突に至った映像は流れていないが、恐らくネットにはそれらしき画像が今頃アップされているだろう。
 理斗は酔いで見る気になれずにふーんと熟柿くさい呼気を吐きながら適当に眺め、電子レンジで日本酒を暖めて呑み続けていた。
 そのうちに酔い潰れ、夜中に朦朧と起きるとトイレで反吐した。
 度を過ぎた気持ち悪さに自己嫌悪になりながら、ベッドに戻ろうとしたときだった。
「ラッパの音……?」
 身体が条件反射で反応した。
「非常呼集!?」
 跳ね起きた直後にふらつくと、呑み過ぎたと激しい後悔に襲われていたが、迷彩服に着替え終わったときにはもう酔いは感じていなかった。
 数分後には駐屯地へ必死に走る理斗の姿があった。

 夜が明けぬ駐屯地はまだ寒かった。しかし、営舎の隊員達はとっくに中隊本部前に到着しており、分隊ごとに点呼を取っている。その全員が朝霧のような熱気を発していた。
「やっと来たかっ!」
 理斗の姿を見つけた武藤が待ち構えていた。
「すみません、遅れました」
 理斗は小隊、分隊に属さず、第四一直接支援中隊の中隊本部付であった。出頭を告げる相手は武藤中隊長である。
 第一から第三までの小隊長が武藤に報告し終わった。
「全員聞け! いま瀬戸大橋上を中国軍の装甲車両数十台が南下していると連絡が入った。我々はこれから坂出に向かい、万が一の事態に備える」
 武藤が理斗に向き直った。
「権にいまから機兵を準備させる。準備出来次第すぐに第一七普通科連隊第三中隊の指揮に入る。いいか?」
「はい!」
 理斗はここに来るまでの運動で紅潮していた。いや、緊張の所為もあるに違いなかった。
 移動は中型トラックであり、理斗は後部荷台に他の隊員たちとともに座っていた。横には機兵が座っていた。
「おい戦車は来てるのかな?」
「まだわからんな」
「ったく、瀬戸大橋は友好の橋じゃなかったのかよ。国連は何やってんだ!」
 隊員の一人が、まるで隣の隊員に文句を言っているようだった。
「ちくしょー、アメリカは日本助けたって大した利益がでるわけじゃないし、どうせ黙って見てるつもりだろうなあー」
 理斗は彼らの会話を聞いていて思った。きっと彼らは理斗同様中国軍なんていつでも押し返してやると思っていたのに、実際来られると、それも突然数十台などという数を聞くと、国連や他国に頼りたくなってしまったのだ。
 理斗は直したばかりの前歯に指を沿わせた。
(今度もどこかを怪我するんだろうか……?)
 あの、耳を掠める銃弾の音を思い出すたびに、身をすくませてしまう自分がどうにも弱い存在としか思えないのだった。

 坂出北ICの現場に到着する。
 IC手前では、警察による車両通行止めがされ、警察と市民と軍の車両、そしてマスコミの中継車などでごった返していた。
「なんだこれ? どうなってんだ?」
「凄いな」
 隊員たちがそう思うのも当然の光景だった。見物人も殺気立っている。
 理斗はスマートフォンを出し、ニュース番組を見た。
 ヘリコプターが上空からの景色を写している。場所は櫃石島だ。
 櫃石島は国境の島だった。鉄道の場合は、児島駅と宇多津駅で入国出国手続きをするが、
瀬戸大橋を通る車両はすべてこの島で一度降り、入出国手続きをしてから再び自動車道に戻る。
 その櫃石島に下りるランプウェイに、中国軍の装甲車両が列を成して並んでいた。
 この自動車道は、将来自由に行き来できるように真っ直ぐに道路が敷かれた構造であり、現在はそこにコンクリートブロックを置いて、強制的にランプウェイに入るようになっている。コンクリートブロックは強制的に移動したり破壊すれば突破できるものであったが、中国軍は規律正しく櫃石島の国境の出入国管理ビル前で列を作っているのだった。
「戦車はいないようですね」
 隣から覗き込んできた隊員が言った。
「すみませーん通りますよー! 通してくださーい!」
 マスコミの中継車の前にテレビ局のADなどのスタッフなのか、車の前に立って車を先導しているのが見える。
 理斗が彼らを見ていると、警察はバリケードを開いて、テレビ局の中継車を通し始めた。
 その近くでは、警察と第一七普通科連隊の副連隊長が何か話し合っている。
「俺たちが行けなくて、テレビ局が行けるのか。つかよくテレビ局も行く気になるな」
「確かに、ハハハ」
「マスコミ行かせる方が中国軍の動きを封じられると政府が判断したんじゃないか? 生中継で世界に映像が流れるんだから」
「俺たちが行ったら?」
「険悪な雰囲気になって誰かが一発撃っちゃうかもな」
 理斗は隊員たちの会話に小さく身震いした。

 マスコミの中継車がカメラで撮りながら櫃石島に接近する。前方のランプウェイには装甲車両が居並んでいる。中継車はそれを写しながら反対側の車一台見えないランプウェイを下りて行った。
 カメラは移動しながら出入国管理棟に辿り着く。その前では中国軍人と日本の役人が話し合っていた。日本側の警備員も特に妨げることなく、カメラは彼らに接近していた。
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L