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アザーウェイズ

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 武藤が指差している方向に、片膝を立てて銃を構えている人形がいる。理斗は、ゴーグル内でロックするやいなや射撃ボタンを押した。
 バババンッ!
 軽やかな三点バーストの音がするとともに人形が崩れ落ちる。
 再び権三曹が走って確認して正常に膝下だけを射撃できたことを確認した。
「ふんっ、なかなか面白い芸が出来るんだな」
 そう口を挟んだのは、第一七普通科連隊の第一中隊に属する川井分隊長だった。彼の分隊は、今後機兵との共同任務にあたることが新たに決まり、早速機兵の見学に来ていた。
 理斗は彼に会ったときの最初から、どうも印象が悪くて仕方がない。かつて梅崎に言われたように、川井は自分こそが前線の先頭に立って活躍すべきと考えて疑わない類の人物であるようだった。
 そのため、機兵と理斗に対しては紛い物を見分けてやろうとでもいうように、疑いの眼差しを向けていたのである。
 川井の発言には特に気にせずに、武藤は演習場の遠くを指差した。
「問題はあれだな」
 彼方には伏せ撃ち姿勢の人形がいる。理斗はロックして射撃ボタンを押すが機兵は『キキッ……キキッ』と腕を微妙に動かして狙いを定めようとするが撃てない。単純に下半身が見えないため、どこを撃てばいいのか判断できないのだ。今までなら問題なくヘッドショットしている状況である。
「駄目ですね……やはり、両肩を狙うようにセッティングするかな」
「おいおい、それじゃ死ぬに決まってるだろ。左肩なら心臓。右肩でも肺がやられて致命傷だぞ」
 鼻で笑って川井が反論する。先程から態度が厭味なのが理斗は気にいらなくて仕方がない。三十代後半という年齢、その体力が眼に見えて衰え始める自分が苛立たしく、機兵のパイロットというだけで同じ階級でありかつ若い理斗に嫉妬しているのでは、と勘繰りたくなる。
 理斗は彼の態度を見るにつけ、本当にこの手の人間とは組みたくないと思わずにはいられなかった。
「これはもういい。これ以上時間使うわけにはいかない。次は手榴弾を試すぞ」
 武藤中隊長は諦めて次の試験を指示する。
 中隊本部直下で機兵を預かる身として、彼女には師団の命令を着実に遂行したい気持ちが表れていた。
 理斗は命令どおり、円筒形のMK3の模擬手榴弾を機兵に取らせて投げる訓練を始める。
 野球経験者のような肩の良い隊員でも八十メートルが限界だと言われているが、機兵はブンッといううなりをあげて腕を回転させ、百メートルを遥かに超える距離まで飛ばして見せる。しかも狙った標的にぴたりと当てることが出来る。
「ほお、凄いもんだな。発射音無しでこんなのが百メートル以上先から精確に投げ込まれたらたまったもんじゃないぞ」
 武藤が感心している。
「よしっ次はM67やってみるか」
「M67ですか? これちょっと不安なんですが」
「ん? どういうことだ」
「どうやらセッティング詰めてないみたいなんです」
 すると川井が再び口を挟んだ。
「おいおい、うちらはM67も使ってるんだぜ。それも扱えずに共同で任務なんてできねーよ。とりあえず投げないとわからないだろ。やってみ?」
 彼の言葉に理斗はむっとして返事した。
「じゃ、いいですよ」
 ブンッ!
 機兵が投げたM67は左に大きく弧を描いてカーブしていく。そしてその先であらぬ方向にホップするような妙な動きをして立ち木の奥へと消えていった。
「おいっ、どこに向かって投げたんだ?」
 川井が呆れて眼で追う。
「あの的を狙ったんですが……」
「どこに飛んでいった?」
「さあ……」
 武藤も理斗も川井も見失ってしまっていた。
「ごーん! 見えたかー?」
「わかりませーん!」
 権三曹から離れる方向に飛んでいったので、彼もわからないらしい。
「なんだあの飛び方は。どういうセッティングしてあるのだ?」
 見たこともない投擲に武藤が不思議がる。
「はあ、MK3みたいな綺麗な円筒形と違い、微妙に非対称な形なのがどうやら機兵の指には合わないみたいで」
 M67は綺麗な球形をしているわけでなく、確かにアップルグレネードと呼ばれるのも納得できるいびつな形をしている。
「仕方がない、探しに行くぞ。権! 鈴木分隊がそろそろトラックの整備を終えるはずだ。全員呼んできてくれ」
 薬莢ひとつの紛失であろうと、数百人動員して丸一日かけて探す自衛隊である。ましてや模擬であろうと手榴弾を紛失するわけにはいかない。
「俺は見るもの見たので帰りますよ。あとお願いしますね」
 川井ははなから付き合うつもりはないというあからさまな態度で、さっさとその場をあとにした。
 理斗たちはそれ以降予定を変更して探し続ける。そして、日没直後の薄暗い中でやっと発見できていた。
「良かったー! 明日もやらされるかと思ったぜ」
 皆口々に安堵の声を洩らしている。そんな十名ほどの隊員たちに武藤は明るい声でねぎらった。
「みんなご苦労! よしっ今日は特別だ。これから一杯やりにいくぞ! 勿論洞見の奢りでな」
「やったー! 洞見一曹ごちそうになります」
 頭を下げてくる隊員に理斗は「え、いや」と反論したい気持ちいっぱいで武藤を見た。
「当然だろ。だれの所為だと思ってるんだ」
「はい……」
 そう言われれば仕方ない。
「隊長はご自分が呑みたいんでしょう」
 権が突っ込みを入れる。
「当然そうだ。わたしは別に逃げも隠れもせずにそれを認めるぞ」
 と、胸を張る。
「――着替えたらいつもの店に集合だ。時間は一九三〇(ヒトキュウサンマル)だ、いいか!」
「了解!」
 全員が声を合わせて返事した。
 女の剛毅さとはこういうものだろうか。
 理斗は彼女を見ながらそんなことを思っていた。

「かんぱーい!」
「いえーい!」
 ジョッキの触れ合う心地よい響きに続いて、皆は一斉に喉を鳴らしてビールを呑み干した。
 さすがは普段から運動量の多い自衛隊員である。そのペースの速さに、理斗はいつもながら感心してしまう。理斗も酒は好きだが、訓練以外にも率先して運動している隊員たちには敵わないと思うのだ。
 奢る立場の理斗は自棄気味にジョッキを半分呑み干した。そしてすぐに酔いを感じていた。
「そうだ洞見! 明日はM67の計測をしろ」
「調整してですか?」
「いや違う。目標からのずれを距離ごとに全部計測するんだ。ずれのデータはまだ無いんだろ? なら全部計測しておけ」
「はい、一日使っていいのでしたら。もともとやりたかったと思っていた作業ですし」
「うん。しかし、あのカーブは人間技じゃないな」
「えーと、おそらく人間には出来ないくらいの回転がかかっているので、手榴弾の形状とあいまってあんな動きになったのではないかと。人間がピンボン球に回転与えて投げるのと同じようなことなんじゃないでしょうか」
「カーブが一定ならば使えると思えないか?」
「なるほど、そうですね。ちょっとした誘導弾ですか」
「うん、そういうことだ――」
 言い終わると、武藤は理斗のジョッキを見ている。
「まだ半分しかあけてないのか? 遠慮するな呑め」
「でもわたしの奢りで……」
「いや、わたしが奢るよ。セッティングが怪しいというのを投げさせて止めなかったのはわたしだからな。ほら呑め」
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L