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アザーウェイズ

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 電話を切ると、理斗はしばらくの間立ち尽くしていた。倉庫の入り口付近では、若い隊員たちのふざけあっている。馬鹿笑いが聞こえてきたとき、理斗は無意識にコントロールの置いてあるテーブルを叩いていた。
 キキッ、シューッ。
 音がしたと思ったときには遅かった。
 ヒュンッ!という風切り音とともに、機兵の腕が眼にも留まらぬ速さで回転していた。気付けば、M67手榴弾が倉庫の屋根を突き破って、理斗はミサイルのような速さで飛んでいくそれを見ているしかなかった。

「戦争はいやだよ。四国が戦場になってしまうと、第二次大戦を生き延びたこんなに立派な建物もこんどこそ破壊されてしまうだろう」
 古城戸科長は、お茶を手に女性隊員に語りかけ、ふたたび窓際に立って窓外の風景に懐古の思いに耽っている。
 と、何かが飛んでくる。
「ん?」
 何の物体かを判断する暇もなく、その軌跡の先ではガラスを突き破る高く硬質な音が響き渡っていた。
 眺めていた重要文化財の建物の色つきの窓ガラスと木枠が、一瞬のうちに木っ端微塵になっている。
「ああっ!?」
 ガラスの割れた音よりも、悲鳴にも近い古城戸の叫びに周囲の隊員たちは驚いていた。

「気をつけろ。戦場ではもっと冷静さを失う状況があるかもしれないぞ。どんなときでも冷静さを失っちゃいかん。投げやりな気持ちになったとき、すべてが終わる」
 手榴弾の飛んで行った先を追ってきた理斗は、壊れたガラスと木枠を前にがっくりと肩を落としていた古城戸に出会い、そう叱られた。
「申し訳ありませんでした」
 頭を垂れている理斗に、古城戸は静かな物言いで諭していた。
「危なかったな。もし人に当たって怪我させていたら、下手すると機兵パイロットを外されていたかもしれないぞ。君は知らないだろうが、昔戦闘機パイロットが誤射でパイロット資格を剥奪されたこともある」
 理斗は、教練かなにかでそんな話を聞いたことがあった。自分も誤った機械の操作で人を怪我させたり、あるいは殺すことになりかねないのかと、危惧の思いがよぎっていた。
 古城戸は理斗の様子に、弁解するように声をかける。
「お母さんの件は残念だった。自衛隊施行規則や訓令により、平時ならまったく問題なく帰国させてあげられるんだが、なにぶんこの情勢ではなかなか難しい。それは全国民がそうだ。今年の八月から改正憲法が施行され、自衛隊ではなく国防軍に様変わりする。そして国民皆兵となり、スイスと同じように男子は全員。女子も希望者は銃を所持するようになる。この、なにもかもが変わる大事なときに中国軍の危険な兆候が見られるのだ。わかってくれ……重要文化財が破壊されたが、幸い窓だけだ。これはわたしからも口添えするので、気にせずに訓練に励んでくれ。君の双肩にこの国の未来がかかっているのだから」
 思い余った末が何を齎すのか、理斗は古城戸から手榴弾を受け取りながら内心怯えていた。

    †

 母の葬儀が行われる日まで、理斗は殆ど仕事が手につかない有様だった。母の影が頻繁に脳裏にちらついてしまう。しかし葬儀翌日に、父から滞りなく葬儀が行われたと聞いてからは、不思議と気持ちも落ち着いていた。
 その晩、理斗は紗奈のことをふと思い出していた。
 紗奈と会う日が迫ってるが、彼女からは不思議と何の連絡もない。
 理斗は迷い始める。
 約束した以上、果たして彼女と会ったほうがいいのか。だが、こんな母の死という浮かない気分のまま会うことは却って彼女の迷惑になってしまうのではないか。
 そもそも訓練の予定が入ってしまって、その合間を縫って会えるのだろうか。
「断ってしまうか。どうも気がすすまない……どうしようか……?」
 そんなことを考えていると、メールが来てチャットすることになる。
『ごめんなさいね、突然お誘いして』
「いや、大丈夫。全然気にしないで」
 彼女の笑顔を見て、理斗は母の顔を重ねていた。「やはり会いたい」という気持ちが募ってくる。
『ちょっと元気ない顔してる。仕事で疲れているの?』
「うん、少しね……」
 心配げな彼女に、理斗は母のことを話すかどうか迷った。
『わたしの顔見ても元気出てこないの? ちょっと悲しいなあ……』
「いや、そんなことないよ……」
『ほんと? じゃ元気出して!』
 ニコッと屈託なく笑う紗奈。理斗は彼女の無邪気な表情につい笑みがこぼれた。そのいつまでも見つめていたい笑顔に、理斗は母のことは黙っていることにする。
『良かった。実はわたしも疲れてるの。何でかっていうとね、お仕事頑張ってるのよ。今まで週四だったけど、今は週六にしてるの』
「大丈夫、体? 夜の仕事なんだから無理しないで」
 理斗は紗奈の仕事をうすうす知っていた。彼女が夜の飲食店で仕事をしていることだけは以前から話に出ていた。彼女はキャバクラとは言っていないが、大体話の内容から理斗はそのような店だと推測していた。
『えへ、大丈夫。わたしこう見えても結構丈夫なのよ――それよりお金貯めないと、そっちでのホテル代や交通費もあるじゃない。こっちより物価高いでしょ? 最近また円高になったし……それにね、理斗さんにちょっとしたお土産持って行きたいの』
 そう言ってはにかむ彼女はとても可愛い、と理斗は思う。やっぱり会おうか、そんな気持ちになっていた。
『CRHに乗るわ』
「なにそれ?」
『中国鉄路高速。そちらの新幹線と同じ。こっちでも二年前にやっと開通したの。わたし乗るの初めて。これで広島から岡山まであっという間だよ』
「そうなのか」
 日本や中国本国に比べれば随分とインフラなどの発展が遅れていたが、最近は西日本も発展しつつあるのだ。
『待っててね』
 画面に見る彼女の笑顔に理斗も笑顔を返さずにはいられなかった。
「うん、楽しみにしてる」
 その短い言葉以上に、理斗には彼女への想いが溢れ始めていた。

 翌日。射撃場に理斗と機兵、そして武藤中隊の姿があった。
「どうだっ?」
 鳴り響いていた銃声音が止むと同時に、武藤の張りのある声が響き渡る。
 権三曹が的として置いてある数体の人形まで走っていく。そして、射撃されて転がっている人形をそれぞれ起こして下半身を綿密に見ている。
「大丈夫です! 全弾膝下に命中していまーす!」
「よしっ! 戻って来いっ!」
 部下に命令した武藤に、理斗は自信ありげな表情で言った。
「どうです? あれくらいは余裕ですね」
 機兵に新たに出された訓練内容は、殺さずに制圧せよというものだった。
 機兵の優れた望遠&暗視カメラによる視界、顔認証能力。そしてどんなスナイパーにも劣らない射撃能力を組み合わせることにより、敵の致命傷にならない箇所を撃てるように早急に調整せよ、という命令が下ったのであった。
 上半身は勿論、大腿部など銃弾が貫通した場合に出血死しやすい箇所はすべて撃たないようにする。そのようにセッティングが組まれることになった。
 これがうまくいけば、ターゲットロックした状態で射撃ボタンを押すだけで、敵を生きたまま捕らえることができる。
「次っ! あの目標を狙えっ!」
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L