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アザーウェイズ

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「いや、わたしは一人っ子でさ。両親は移民する気はさらさらなくて」
「お二人ともお元気で?」
「実は、母親が去年からずっと入院してるんで、この連休中に見舞いたかったんだが……」
 話の流れからつい喋ってしまっていたが、彼の淡々とした様子に後悔はなく逆に話したことで心が軽くなったようにも感じられる。
「そうなんすね……でも、高校卒業してすぐに両親と離れて移民なんて凄いっすよ。洞見一曹、勇気ありますね」
「ああ、ずっと憧れてたからこの国に。日本人として何処の国にも頼らず、独立独歩の精神で生きたかったんだ。永世中立国だぜ。これ以上の理想がどこにあるんだ、と思ってね」
「でも、最近はトカラ列島でも瀬戸内海でも中国の侵略を受けてますからね。現実はこんなんですよ……国民一丸となれば話は別ですけどね。一度負けていると、国民の意志はなかなかまとまらないみたいですよ」
 山本は少し海に視線をずらした。
 彼が一瞬見せた残念そうな表情に、理斗は黙るしかなかった。

 気付いたら直島に着いていた。みるみるうちに砂浜に近づき、ごく小さなショックを感じたときにはもう砂浜に乗り上げていた。
 上陸訓練。
 車両に乗り込み、LCACから降りる。
 砂浜近くの駐車場に移動し、そこで、この島における演習内容が打ち合わせされた。
 演習内容自体は、午前中と大差ない。
 機兵を車両に積んで敵がいると思われる付近まで運搬する。そして、車両から降ろし、小隊に先じて索敵するというもの。
 打ち合わせが終わり、全員の装備を点検して車両に乗り込み、駐車場から公道に出たときである。
「え!? なんですかっ!」
 山本が無線機に叫んだ。
 前の車両がとまったのに続いて、山本もブレーキを踏む。
 ピー……ガッ。
 無線特有の発信音に続いて、不自然な間。
 そして、小隊長の声が響いた。
『ちょっと待て……今、連絡が入った。島の北部に国籍不明の武装集団が上陸したとのことだ』
「そういう想定ですよね?」
 わかってますよ、とでも言いたげに、理斗は山本の持つ無線のマイクに向かって大きく問うた。
『違う。想定じゃない。いま、中隊本部から連絡があった』
 二人は顔を見合わせた。ただ無機的に。状況が飲み込めず、そうするしかなかったような動きだった。
『全員、追って指示があるまでこの場で待機』
 駐車場内に車を戻し、東西に伸びる道路のどちら側にも出発できるように車を整列させて第一小隊は待機した。
 午前中の快晴が嘘のように、次第に風が強くなり始めている。理斗は海岸に打ち寄せる波が、先程より白く高くなっているのに気付いた。
 午後は低気圧が接近します。
 朝の天気予報でそんなことを言っていた筈だった。
 理斗は腕時計を見た。待機し始めてから五分ほど経っていた。
 小隊長が装輪装甲車から降り、全員車から降りるようにと合図している。
 小隊長のまわりに集まる、総勢二八名の隊員たち。全員が中央即応連隊、すなわち、全国の普通科のエリートが志願して出来た連隊だけあって、皆勇ましい顔つきである。
 理斗はそんな中に場違いさを感じ取って、一人恥ずかしさを押し殺し、必死に彼らの負けじと胸を張って、小隊長の厳しい顔を見つめていた。
「連絡が入った。国籍不明者は島北部ではなく島中央部の岸壁近くに高速艇で乗りつけ、上陸した模様。高速艇はすぐに玉野方面に去っている。不審な船があると様子を見に行った島民と警察官に対し、上陸者は威嚇発砲し山間部に逃げ込んだとのことだ。人数は約10名。全員小銃で武装していると思われる」
 小隊長の顔が一層厳しさを増す。
「中隊本部から指示が出ている。偵察だ。これから偵察に向かう……」
 やや沈黙をおいて、再び小隊長の張り詰めた声が響いた。
「全員、気を引き締めろ!――これは実戦だ!」

 先頭に理斗たちの乗る軽装甲機動車。次に人員輸送用の十人定員の高機動車一台、続いて装甲車を降りた二分隊が徒歩で続いた。全部で二八名の小隊は雑木林の茂った山間部の道をゆっくりと進んだ。
 強い風によって、空に浮かぶ雲が次々と吹き流されていく。春の嵐……。
 狭い道を慎重に進む車内で理斗は空を見上げて眉間に皺を寄せている。メイストームとも呼ばれる春の嵐は好きではない。地面の砂塵をすべて舞い上げるようなこの風が眼に痛く、耳にも騒がしくて好きではなかった。
「くそっ」
 運転している山本士長が理斗を一瞬振り返って気を遣った。
「大丈夫です。我々がついていますから」
 中央即応連隊は日本で最も実弾訓練を行っているといわれる部隊だった。彼らは有事の際には全国何処にでも増援部隊として駆けつけるという任務を負わされているため、それだけ訓練を積んでおり、その心技体すべての準備が整っているからこそ出る言葉だった。
「でも一曹のお気持ちもわかります、先頭に立つのは自分も確かに緊張しますから」
『住民は家から出ないで下さい――』
 遠くからかすかに防災放送が聞こえてくる。住民はどれだけ怯えているだろうか。
『ここで停めよう。いま少し影が映った気がする』
 後方の高機動車に乗って映像装置を使っている小隊長からの指示が飛んだ。
 道の両側の木々は相変わらず深かかったが、行く手を見ると道路わきに車両数台分が駐車できそうな砂利が敷かれた箇所があった。
 ナビを見ると、現在地は直島ダムとある。確かに大きな沼のようなものが道に沿って広がっているが、一見ダムとは思えない。
 ここで機兵を降ろして偵察に向かわせることになった。
「中隊本部からの指令で機兵を実戦で使う。洞見、出動の準備をしてくれ」
 小隊長から命令された。
 初の実戦。
 理斗は緊張で手が震えそうになるのを抑えて機兵を起動させる。そして森の奥へと進ませた。
 二分隊は両翼の形で広く展開し木々の陰に潜み、一分隊は車両を盾に前方に注意を向けている。山本もその中に混じっている。理斗は山本の近くに腰掛け、機兵のコントロールに徹した。
「しかし、何でこんな演習のタイミングで……」
 理斗は自分の運のなさが恨めしかった。
「おそらく我々が上陸したからこそですよ。実力を測ろうとしてるか、或いは――」
「或いは?」
「舐めてかかっているのか」
 山本がぐっと八九式小銃の銃床を強く握り締める。
 機兵が森のなかに分け入っていく。
 理斗はその後姿が見えなくなってからゴーグルを下ろし、操作に集中した。
 ヘッドフォンには風で枝が擦れる音と機兵に風が吹き付ける音ばかり入ってくる。
 理斗は機兵の視界を左右に広く動かしながら前へ進ませた。百キログラムを超える自重に、下草や枝を踏む音がして気になる。
 枝葉が風に酷く揺れて、もう人影だか何だか理斗には判別が付かなかった。
「小隊長、どこまで進みましょう」
 理斗はまったく見当がつかなかったので指示を仰いだ。
「奴らは島の西側から上陸して東に向かった。こちらの反応を見るために付近に潜伏しているかもしれない。この沼に沿う形に北北東に進ませろ」
「はい、了解です」
「中隊本部から交戦は避けるようにという命令だし、そのまま前回同様高速艇に乗って脱出してくれればいいのだが……」
(交戦を避けろ……?)
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L