アザーウェイズ
『中国軍の傍若無人振りを看過することはできない。我々は国際的に国として認められているのだから、国を守る権利を有しているのは当然のことだ。なんとしてもこの日本を守らねばならない。私は防衛大学生時代にスイスとイスラエルに留学したことがある。かの国の共通点は何だ? そう、全国民が国を愛し、そして徹底して自分達の国を守り抜こうとする意識があることだ。歴史を学んだ諸君なら当然知っているだろう、イスラエルは数度の戦争を経ても国民一丸となって国を守り続けた。日本の人口は現在約一千万人であり、スイス、イスラエルの1.3倍。国土面積はイスラエルの2.2倍だが、スイスの1.2倍である。そんなに大きな違いはない。彼らに出来て、我々に出来ないことがあろうか。さて、当然このような事態に対する中心的役割として第一空挺団や中央即応連隊は期待されている。しかし、武力制圧に出て戦後初の人的被害を出せば、新国防計画に対する国民の反発も予想される。悲しいことだが、この国の国民は過去の敗戦をいまだに引きずり、スイスやイスラエルのように国防意識が育っていない。ならば、こういう事態の為に開発してきた機兵をいまこそ前衛として出すべきだ、というのが中央の考え方だ。一方、武力制圧と言っても、現状、国民はもとより防衛省および政府としても敵方に戦死者を出すことは望ましくない。できればゼロにしたいほどだ。日中戦争以来の中国兵戦死者を出したときに、果たして中国はどのような反応をするだろうか。しかしその点機兵ならば、自衛隊員の危険度を減らしながらも前線で敵兵の制圧が可能となる。また優れた射撃能力により、敵兵を殺害することなく捕らえることも可能かもしれない。しかし前線から遠く離れた地で果たして的確な判断が可能であろうか。アメリカ軍はもう何年も前に無人攻撃機の誤爆を防ぐために現地に誘導兵を配置し始めた。それは機兵にも必要でないだろうか。つまり安全を確保しつつも現地の状況に対応した的確な判断、射撃が果たして必要なのか否かという判断が必要とされる。洞見一曹がここに転任し、そして彼と機兵をサポートする我々がここにいるのはそういうことだ。我々がかつてないほど重要な任務を背負っているということを自覚してもらいたい』
出発を前に、理斗は自分がここに来たのは私怨なのではなく、政治的戦略的判断なのだと知った。そして、自分と機兵の立場の重要性も。
理斗は、衛星通信で発砲するときに感じていた違和感の意味を、今朝の武藤中隊長の言葉によって少しずつ理解し始めていたのだった。
演習場の起伏で左右に揺さぶられながら、理斗は機兵のコントローラーを操作していた。
一〇〇メートル前方には機兵が小銃を腰だめに構えた状態で前進している。
理斗がかけているゴーグルには機兵の見ている風景がそのまま映っている。
迷彩服の下腹部には、機兵のコントローラーが専用のベルトに装着され、理斗は操作していた。
「難しいな、これ……」
車体が大きく揺れると、指先の操作ミスを起こしそうでこわいくらいだ。誤操作で人を殺めることにもなりかねない。勿論、暴走防止などの装置は付いているが、万が一のこともある。
小さな丘陵を登り始めたところで、理斗は射撃管制装置をオンにした。
イヤホンから『ピー!』というシステムが発する警告音に続いて、『ジジジ……』という音が聞こえてくる。これは機兵頭部の射撃管制システムが起動して、その音を機兵のマイクが拾った音だった。
『カチッカチッ』
89式小銃の安全装置を3点射撃にした音だ。
マイクはバイノーラルなので、その場にいるように実に臨場感が溢れる。
ゴーグルにターゲット表示が現れた。理斗は手元のレバーを操作し、動作を確認する。
機兵の射撃管制システムは、全自動である。手にした小銃を保持する手や腕など体各部の角度状態から、射線を計算している。つまり、ゴーグル上でターゲットにロックオンすると、手や腕だけでなく、腰や足が全て全自動で動き追尾する。たとえ腰だめ状態でも人間が照準器を覗いている、いや、スコープを覗いているのと同じ精度で射撃できる。
ロックオン状態で前進命令も可能であるし、姿勢を低くする操作をすれば膝撃ち、伏せ撃ちへと銃を持ちかえる。
そのデータ調整には理斗も関わっていた。旧式の六四式小銃も使用可能にするために、理斗も機兵の全動作における照準データ作成に一部関わっていた。
そろそろ、機兵が丘の頂にかかるころである。
「やっぱ難しいな。すみません、車とめてください」
理斗は山本士長に停車してもらった。
ゴーグルを少しずらして、機兵を確認する。遠いが、丘の頂に位置しているのはわかる。
ゴーグルを戻す。草間の先に白地に黒い人型が書かれたターゲットが見えてきた。手動で照準を合わせる。
『二三二メートル』
ゴーグル内に表示が出るが、気にせず引き金を引く。
ズガガガッ!
両耳に届く射撃音。
(次の目標!)
当たったどうかは確認しない。どうせ精確にターゲットは射抜かれているのだ。
広角カメラの端ぎりぎりの位置に歪んだターゲットが映っている。照準を移動させてそのターゲットに合わせる。
手元を忙しげに動かす理斗の隣では、山本士長が双眼鏡で機兵の動きを観察していた。
機兵の頭部が左に動き、それに若干遅れて体の向きも左を向いた。そして小銃を素早く人間が照準器を覗く場合と同じように持ちかえた。
それは理斗もわかった。視界に小銃が飛び込んできたからだった。ターゲットと機兵を直線で結ぶ付近に低木がある。おそらく射線がぎりぎり低木に接していたのだろうと理斗は思った。
「てっ!」
口中で小さく呟く。
続いて、その後方にもターゲットを発見。理斗は冷静にターゲットを狙い、射撃した。
視点を右側に大きく移動させる。他に敵(ターゲット)はいないようだ。
「結構人間みたいな動きするんですね〜。それに銃の扱いも速いな〜。うちの分隊長が名手なんですけど、同じくらい、いやそれ以上に速くてうまいですよ!」
初めて機兵を見、そして攻撃するところを見た山本士長が感嘆している。
「そうじゃないとおたくの分隊長クラスの敵にやられますからね」
ゴーグルを上にずらして、理斗は答えた。
「撃たれても大丈夫なんでしょ?」
「機兵の標準装甲は五・五六ミリ弾までで、人間用のボディアーマーを着せて七・六二ミリ弾までならなんとか大丈夫です。でも、カメラレンズ部分は何も装甲がないので、ヘッドショットされたら終わりですね」
理斗が自分の眉間に指を突き立てる。
「でも、機兵が我々の先頭に立ってくれると思うだけで心強いっすよ」
「これ一機で一分隊分の働きをする予定です」
理斗はゴーグルから細いマイクを引き出す。
「戻れ」
機兵に指示を出す。午前中の演習試験はこれで終了だった。
機兵は音声指示も可能である。ただし、簡単な命令しかプラグラムされておらず、また攻撃などの殺傷に関わる指示はプログラムされていない。それは当然味方撃ちなどの事故を防止する意味があった。兵器としての最後の最後の責任は人間が負うべき、という意味合いである。