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アザーウェイズ

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 通信機器の下部がバッテリパック着脱位置である。今は取り付けられていない。
「バッテリーはいま付けられますか?」
「ええ、ちょっと待ってください」
 田中が後方に置かれていたバッテリーパックを背中に装着する。
 理斗は田中からキーを受け取ると、バッテリーパックと機兵の腰部の間にある鍵穴に差込み、電源を入れた。
 キュ、キュ、という音が各関節から聞こえ、アクチュエーターに電気が通ったのがわかる。
 ブーンという低音は、メインコンピューターと通信機器が起動した音だ。
 頭部はつるんとした丸型だが、眼の辺りだけは薄型の双眼鏡のような立体視カメラが装着されていて無骨さを強調していた。そのカメラの中でモーターが高周波音を奏で、レンズが初期位相に達する。
 今は何も纏っていないが、稼動時には人間と同じようにヘルメットと迷彩服、防弾チョッキなどを着用する。
 バッテリーの駆動時間が優先され、重量軽減のため装甲は最低限しかされておらず、人間の防弾チョッキやヘルメットが効果的だという理由に加えて、あくまでも生身の人間であるように思わせ、敵に警戒されないようにという理由もあった。
「あの、ちょっと訊いてもいいですか?」
 理斗は田中に振り返って訊ねる。
「最近思うようになったんですけど、何でこんなにヒューマンチックな形してるんですか? 敵の掃討という目的を重視した軍用機ならば、もっと機械然とした醜いもの、そうアメリカで開発されているような四足で不気味に動くものなどのほうが用兵的には有効で合理的ではないでしょうか。だから作りが複雑で整備も手間がかかるんじゃないかと思うんですが」
 検査に時間がかかったこともあって、こう問わずにはいられなかった。
「開発団にいまさらそんなことを今迄疑問に思うのか?」
 武藤が呆れたように言った。
「はあ……開発団に配属されてからは言われたことをただやってきただけだったので……」
「ああ、君は東日本から移住したんだっけ」
「はい。ご存知でしたか?」
「ああ、前もって調べさせてもらった。なら、この機兵が導入されるようになった経緯を知らなくても仕方がないか。君が移住する前に防衛省で様々に議論された結果妥協点を探りながら進められた結果なんだよ。まあ、簡単に言えば政府の思いつきの案から始まっているせいだろうな」
 よくわからぬという顔をしている理斗。
 そんな理斗を見て田中が加えて解説し始める。
「もともとは介護用や接客から林業漁業といった肉体労働まで、人間と協働する多用途目的で我々の中島技研で開発されたロボットだったんです。だから人間に近く作られている。それを新国防政策に伴って急遽軍事に転用することになったものですから、基本構造はそのままなんです」
「後方カメラなどがないのもそれが理由ですか?」
 確かに眼の前の機兵は人間のように眼球が動くわけではなく、人間の眼の位置に立体視可能な広角のアイカメラが二つあるだけである。後方を見るには上半身と首をひねらなければならない。尤も半自立式なので、操作側はコントローラーのアイカメラレバーを操作するだけで、自動でそれをやってくれるが、それでも軍事用ロボットとしては最初からあるべき装備だった。
「後方の敵視認能力が高めるために、後方カメラをつけられないかと自衛隊からの注文もあったんですが、現在の機種では処理能力やソフトウェアの問題で無理なんですよ。ソフトウェアの開発自体五年以上かかってますし。それよりも照準システムを後付けしなければならなかったので、その機能を付けるための電子機器が頭部に入ることになって、こうやってカメラが外部に露出することになったんです。本来はバイクのフルフェイスヘルメットのようなシールド内にカメラがあったんですが。一から軍事用ロボットを作るには時間も費用もなくて、こんないびつな形になってしまったんです」
 いびつと田中は表現したが、理斗は迫力があって好きだった。またもとが民間用だったせいか、本体自体のデザインは洗練されており、そこに後付けでセラミック装甲を各所に装着したのも武士の鎧のようで迫力がある。
 梅崎一尉も言っていたが、何としても今年に間に合わせたかったという結果が思いのほか機兵の格好よさに結びついているのではないだろうかと理斗は思った。
「――それで、費用をあまりかけずに兵器としての改良がされたんです。大型のバッテリーは運用時間を少しでも保たせるために必要で、その強度を確保するためとセラミック外装を装着するために、民生用と違って大型となってしまいましたが」
 確かに大柄で威圧感漂うロボットだ。こんなものに介護されたらいつ押し潰されるかと気が気ではないだろう。
「なるほど……」
 理斗は納得しながら背後の通信機器の一部をめくって、中のボタンをいくつか操作し、小さな液晶モニターに表示された内容を確認した。
「大丈夫ですよ。わたしが全て確認しましたから」
 田中が理斗に近づいてそう言う。
「そうですね、問題無さそうですし、開発元の田中さんが言うんですから問題ないんだと思います」
「ええ。あとは衛星通信側より先を陸自さんが調査してください」
 理斗よりも知っている技術者が言うのだから、もう整備上問題ないことを否定しようもない。
「すみません。わたしの思い込みだったようです」
 まだ、納得しかねると思ったが、理斗は素直に武藤に頭を下げた。
「謝るのはわたしではない。整備担当者に謝ってくれ」
 武藤はそう言うと、隣の倉庫を覗き込み、「権(ごん)っ!」と一声かけた。
 機兵の整備担当をしている権(ごん)三曹だった。
「はいっ」
 整備されている車両の陰から顔を覗かせる隊員がいる。
「こっちへ来い!」
「はいっ」
 たたたと駆け寄る姿。
「まるい……」
 小柄な体型をした隊員が走ってくる。
「なんでありますか中隊長」
 気をつけの姿勢をとってもその体型のせいか愛嬌がある。
 武藤が理斗と権三曹をそれぞれ紹介すると、理斗は自分から頭を下げる。
「わたしの思い込みで権三曹殿には不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
 理斗は次第に深く深くと頭が下がっていき、このままでは土下座するのではないかというほどである。
「もういいっ! そんなに卑屈になるな!」
 武藤の声がし、理斗はゆっくりと頭を上げた。
「きちんと謝ればそこが再スタートだ。これでなんのわだかまりもなく同じ中隊の仲間としてやっていけるんだ。もっとさっぱりと気持ちよい行動を取れ」
 もっともだが厳しい武藤の叱責に、理斗は先行きが案じられるのだった。

    †

『一昨晩、香川県直島で民間人を装った中国軍と思われる武装集団の上陸がありました。今日はこの事件について、解説委員の山口さんに解説していただきます』
 テレビのなかで女性アナウンサーが喋っている。
『山田さん、この事件は住民から不審者がいるとの通報により警察官が駆けつけましたが、武装集団が手にしていた小銃で警察官に威嚇発砲し、約一時間にわたって島北部を移動したのち、ボートに乗って岡山県側へ去ったというものでした。山口さん、この中国軍と思われる武装集団の行動は一体何を意味しているのでしょうか?』
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L