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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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 凛々花が箸を持って味噌汁を掻き混ぜ始めたのを見て、百合もいただきますと箸を持つと、凛々花が再び言い放った。
「演技下手」
「え? 何?」
 百合は何のことを言われたのか分からない。
「だから、演技下手だって。オトナっぽくなったってパパが言ったとか嘘でしょ。棒読みだし、声が震えてる感じとかですぐ演技だってわかった」
「ああ、それはちょっとムッときただけ――」
「――あのさ、声優目指し始めたの最近だからとしても下手すぎじゃない? 病院でだってパパに同情しなかったし……人の気持ちを考えないし汲み取ろうともしないからそうなるんじゃないの? そんなんで声優になれるって思ってるの?」
 遣る瀬無い気持ちを姉に八つ当たりしているかのようだ。
「え、なによ、そこまで言わなくなって――」
「違うの? どうせそれも演技なんでしょ。いくら食事中に『はむっ』とか練習したって無駄。才能ないよ」
 さんざん言い捨てた凛々花は、眼の前の秋刀魚をつつき始める。
「ひぃ……ひゅぐっ」
 妙な音がした。無理に息を吸い込むような音がする。
 凛々花が音のする方を見れば、姉の顔がみるみるうちに歪んでいくところだった。
「ええええっ!?――泣いてるの!?」
「凛ちゃん非道いわ、ぐっぐすっ……」
 百合の両眼からは大粒の涙が溢れ出している。
「ちょっとお姉ちゃん、そんな――」
「んぐっ……だって、わたし初めて一生懸命になれるもの見つけたのよ、それが声優なの。それをそんなふうに否定されて……」
「わわわわかったわよ。そこまでだなんて……ちょっとイライラして意地悪で言っただけなんだから気にしないでよ」
「そう……?」
 百合は箸を置くと、右眼を右手で、左眼を左手でと交互に涙を拭った。
「まあ、わたしも深刻に考え過ぎたかも、ぐしぐし……んしょ」
 椅子に座りなおした百合は、あらためて正面の凛々花を真直ぐに見た。まだ眼には紅さが残っている。
「でもね、お父さんの言ったことは本当よ」
「またまた嘘ばっかり」
「本当です」
 百合は真顔だ。凛々花は見極めるように百合の顔を見つめ、うーむ、と判断に迷った挙句、顔を綻ばせた。
「や、やや、やっぱりパパね! ちゃんとあたしのこと見てくれている――パパの為にあたしも頑張らないとね」
 普段の凛々花に戻っている。
 妹のジト眼に先までの険しさと猜疑が消え、柔和さが顕れたのを見て取って百合はそう確信した。
 姉妹はしばらく秋刀魚をつつき、ごはんを口に運び、そして味噌汁を啜った。父が居ないことを除けば、普段の夕食風景と何ら変わらないようだ。
 百合はこの日常が好きなのだ。何よりも幸せを感じる。
 その安心感に身をゆだねようとしたときだった。凛々花が不意に箸を止め、おもむろに口を開いた。
「……ねえ、これからパパの仕事どうなるの?」
「どうなるのって、それは、新しい人が来るまで忙しくなるかもね」
「新しい人ってすぐ来るの?」
「それはわからないわよ。でも、兵頭さんみたいに優秀な人はなかなかいないでしょうし……」
 すうっと鼻から息を吸い込んだ凛々花の表情に、何か堅い決意が浮かんだ。
「ねえお姉ちゃん、あたし決めた」
「なにを?」
 百合はお味噌汁の椀にそっと口をつけ、ずずと啜る。香りと出汁をしみじみと堪能する。
「あたしする。探偵」
 百合は、はあ、と息を吐き、秋刀魚に箸をつける。今日は塩焼きだ。焦げた皮と脂の匂いがなんとも香ばしい。
「凛ちゃん、小学生のとき、よくお父さんの真似をして探偵ごっこしてたよね。懐かしいな。わたしがアルセーヌで、凛ちゃんがシャロとか。『トイズッ!』って唱えてるときがまた可愛くて忘れられないわ……うーん、ちょっとお塩足りなかったかな」
 百合の白魚のような指が、黒い醤油で満たされた醤油さしを包み込んだ。
「真面目に聞いて。本当に探偵するの。パパを助けるのよ。これ以上パパに負担かけるわけにはいかないもん」
「――それはさすがに無理じゃない?」
「無理かどうかやってみないとわからないじゃん。お姉ちゃんも手伝って。高等部ならアルバイトOKなんでしょ? あたしも三ヵ月後に高校生になったらやるし。兵頭さんも最初はアルバイトで来てたし……ふん! あたしたち家族を捨てたってパパとあたし達三人でやればなんとかなるよ。ほら、最近は女性だけの探偵社とかあるみたいだし、やれば出来るよ。うんうん、女子高生探偵みたいなブランド名でバンバン宣伝すれば沢山お客さん来るんじゃない? うっひゃー♪ こりゃ沢山稼げるぞ〜〜♪♪」
 凛々花は返事を待たずに独りで話し続ける。
 百合は妙にテンションが上がっていく凛々花を困惑の眼差しで見つめた。
 いつのまにか皿が醤油で満ちていた。秋刀魚が醤油の中に浮かんでいるようだ。
「お姉ちゃん大変なことになってるよ」
 凛々花が秋刀魚を指差して言った。
「あ!? え!? あらやだ。勿体ないわどうしよう」
「醤油捨てればいいじゃん。しょっぱいけど食べられないことないでしょ」
「その醤油が勿体ないんじゃない。あ、そうだ、このまま味醂と砂糖を加えて煮物にすれば醤油が無駄にならないわね」
 凛々花が呆れて笑い出す。
「んもー、ほんとお姉ちゃんったら節約のことばっかり。でも、探偵であたし達が稼げば、そんな節約も考えなくて済むかもよ。ね? いい考えだと思わない?」
 えへん、と自慢げな表情だ。
 百合はあらためて妹の顔を眺めると、静かに視線を降ろして短く言った。
「わ、わたしはイヤよ」
「え、いいじゃん。やろーよ」
「探偵なんて大変でしょ。勉強があるのにやってる時間ないわよ。そりゃ、お父さんの会社でアルバイトとして働くこと自体は全然問題ないわよ。資格は要らないし、未成年者が探偵として働いてはいけないなんて法律ないし」
「へーそうなんだ。あたし資格とかあると思ってた」
 感心した表情の凛々花。
「探偵業法に、探偵業を営む、つまり探偵社を開設してはならない事項に、例えば破産者とかあるらしいけど、ちゃんと公安委員会に届出してある探偵社でわたしたちがアルバイトするには問題ないわよ、ってそんなの知らないで探偵やるって言ったの? もしかして法律を踏み倒してでもわたしにやらせようと思ってたとか?」
「あはは〜、こういう緊急的なときなんだからそんなこと言ってられないと思って……つか、それなら尚更いいじゃん。あたしは学校でアルバイト禁止されてるからしばらくできないけど」
「それはまあ、家業ならアルバイトのうちに入らないグレーゾーンかも……ともかく、わたしは御免だから。独りでするのも当然イヤよ」
「あたしがいっぱい手伝ってもダメなの?」
「うーん……それでもやっぱり……」
 煮え切らない百合に、凛々花のジト眼は次第に鋭さを増す。
「じゃどうするの? パパをこれ以上無理させて体壊して仕事できなくなったら、本当に生活できないよ! 一人で無理させ続けたらパパ死んじゃうかもしれないじゃん」
 強い調子で言葉を続ける凛々花に、百合は仕方がないというように応じた。
「お母さんに相談するしか――」
「それ本気?」
 やはり触れてはいけなかっただろうか。百合は慌てて言葉を継ぎ足す。