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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「と、とにかく、お父さんが回復してから相談しましょ。詳しいことがわからないうちにあれこれ言っても何も始まらないし決められないわ。ね? いいでしょそれで」
 凛々花の口元が苦虫を噛み潰すように動いた。微かに震え、カチカチと音が聞こえてきそうだ。
「二対一になっちゃうよ」
「え?」
「パパはこの三人の家族を守る為に必死に働いてきたの。パパはこの家族を守ることを第一に考えてきたの。あたしもそう、この家族を守りたい。だからパパを助けるために探偵をするって言ってるの。でもお姉ちゃんはあたし達のそんな気持ちを理解しようとしないで、それに敵対する態度をとっている。そして、こうやってひとつの組織内で二対一に意見が分かれている。民主主義よ。つまり多数決でお姉ちゃんは裏切り者になるのよ。呉波家の裏切り者!」
 姉を突き放すように眼を眇めた凛々花は、机を両手で叩きながら立ち上がると激しく音を立てて階段を上がってしまった。
 ドンッ!
 凛々花の部屋から響いた床を踏み抜かんばかりの音に、百合はひとつ大きく溜息をつくしかなかった。


第三章 思惑

 夜が明け眼が覚めたとき、百合はまず一番に凛々花を心配した。が、やはりいらぬ心配だったようだ。
 やや不機嫌そうでもあるが、とりあえずは普通に会話してくれることで、百合は一安心する。
 この十五年間ずっと一緒に居ていつも思う。妹はすぐにかっとなるが、翌日にはけろっとしている。何も禍根を残さない、基本的に陽気でさっぱりしている妹だからこそ、うまくやってこれたのだ。ただ唯一、母に関することを除いては。
 そして父が倒れて以降、また新たな見解の相違が現れつつある……。

    §

 姉妹は、学校帰りに再び父を見舞った。
 昨日は眼が覚めなかったが、さすがに今日は大丈夫だろうと病院に到着すると、部屋が複数部屋に変わっている。
 はたして、父沙直は起きて二人を待っていた。だが右半身が不自由な状態、特に右腕は殆ど動かせないという有様だった。
「パパ、どうしたのこれ?」
 驚く凛々花に、沙直は申し訳なさそうに左手で頬をぽりぽりと掻いている。
「心配かけてすまん……呑み過ぎて記憶がないんだ。兵頭君と夕方から呑みに行って、何件か梯子したあと彼と別れて、さらに独りで呑み歩いて、気がついたら病院に居てこうなっていた……」
「もうパパ、一度呑み始めると止まらないから注意してっていつも言ってるのに」
「これは凛ちゃんの言う通りよお父さん」
 呆れた二人はおかんむりである。ベッド脇の椅子に座っている凛々花の後ろで、百合が腕組み状態だ。
「ごめんごめん、で、先生の話だと、右肩を圧迫した状態で何時間も伏せていたため、麻痺状態になっているのではないか、ということらしいんだが」
「元に戻るのパパ?」
「今は全然動かない……切断するって言われた……」
「「切断!?!!」」
 悲鳴にも似た姉妹の叫び。特に凛々花は一歩間違えれば気も狂わんばかりだ。
 その反応に沙直はニヤニヤと愉悦の笑みを浮かべる。
「もっと酷かったらの話だよ、ハハハ――」
 けらけらと笑ったかと思うと、今度は何やら神妙な顔つきだ。
「しかし先生の話だと先月、酔い潰れて正座したままお膳に何時間も突っ伏していた人が、膝から下が壊死状態になって切り落とす破目になったことがあったそうだ。腕を落とさなくてよかったですね、と言われたわ」
 姉妹は揃って胸を撫で下ろしたあと、父の万一のことを想像して怖気だった。
「その状態で、仕事できるの?」
 そう言って身を乗り出した凛々花。
「うん……しばらくは無理だな……」
「あのね、実は――」
 百合は昨晩の話を父に言って聞かせた。
 兵頭が昨晩来て鍵を置いていったこと。そして父の体調を気遣って、凛々花が探偵の仕事をしたいという話を。
「しちゃ駄目?」
 幼児がねだるように凛々花が甘えた声で懇願すると、沙直は考えているのかそれとも単に苦しくて話せないのか、うーんと暫く黙り込んでから話し始めた。
「そうか。とりあえず、父さんは、反対はしない。やりたいことを駄目だって言われるのは誰だってイヤだろう。父さんも子供のときは、仕事の選択に親が本人の意向を無視してまで禁止するなんて絶対ありえないと思っていたしね。でも、探偵をするのはよく考えてからにしてくれ。この仕事をしていれば、意外というべきか、当然というべきか、様々な危険に巻き込まれるんだよ」
「そう? アメリカみたいな銃社会ならともかく、日本で探偵の人が巻き込まれた事件とか聞いたことがないけど」
 百合は意外ね、という顔をしている。
「それは報道されないだけさ。日本が安全とはいえ、実際には隠れた事件が沢山あるんだよ。小さい事件でマスコミは取り上げる必要はないと判断しても本人には一生を台無しにされるくらい重大な事件、またはそれくらい本人にとって重大な事件なのに、報復を恐れて被害を警察に届けることすらしないで闇に葬られた事件とかいくらでもね――それを人は報道されなければ世間に何も起こってないような錯覚に陥ってしまうから厄介だ。そう言っている自分もついついその錯覚に陥ってしまうけど……」
 話し疲れたのか、沙直は近くのペットボトルに左手を伸ばした。
「パパ蓋取ってあげる」
 凛々花が手を伸ばすと、沙直は左手で遮った。
「ああ大丈夫。置いてあるだけなんだ」
 置かれただけの蓋を取り、口に溜めるように大きく一口飲む。透明な液体を咽に流し込むと、沙直は「あー」とうまそうに息を洩らした。
「パパお酒抜けきってないの? まだ息がお酒臭い」
 凛々花に言われて、沙直は申し訳なさそうに口をおさえた。
「すまんすまん。胃がまだムカムカしてな……でだな話の続きだけど、実は父さん、今は安全な仕事しかしていない。それはね、百合と凛々花が被害を受けないようにと思ってのことなんだ。いま二人が探偵をしたいというから初めて言うけど――」
「――わたしはしたいなんて言ってないけどね。凛ちゃんだけよ」
「そっか、凛らしいな。ママに似て」
 ママという単語に凛々花は眉根を寄せたが、沙直は気にせず話し続ける。
「よく聞いてくれ。今までこのことを二人に言わなかったのは、心配させると思ったからなんだが……昔まだ百合が生まれてまもなかったとき、犯罪歴がある人の行動を夜間だけ監視してくれって依頼を引き受けたんだよ。それ自体は別にたいした理由じゃなかったな、身内からの依頼で、執行猶予期間中なのに最近行動が怪しいから調べて欲しい程度の。で、そういう場合は、車に発信機をつけて尾行したりするんだが、数日後に位置が取得できなくて、故障かそれとも何かのショックで外れたかを確認しに行ったんだ。付けるのも外すのもだいたい未明にやるんだが――」
 沙直は喉が渇いたのか、再びペットボトルを呷る。