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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「なんか幸薄そうだな。可愛いのに」
「苦労してるのかしら」
「苦労は人を強靭にも脆弱にもするからね」
「主任はどちらですか? わたしは挫かれるて弱くなってしまいそうで――」
「ぼくは強靭になる一方さ。そう、か弱い君を守るためにね」
「いやですわ主任。朝からそんな……」
 疎らにいる乗客に白い眼で見られながら、あるサラリーマンとOLがそんな会話をしていたことを呉波姉妹は当然知る由もない。


「おっきいね」
 そびえ立つ病棟。
 凛々花は素直に感想を洩らしたあと、鉛色に重々しく光る病棟をあんぐりと口をあけながら見上げていた。
 百合は凛々花の顎に手を寄せ、そっと口をしめる。
 父が運び込まれたのは、ある財閥系の豪華な病院だった。
 百合と凛々花がようやく探し当てたナースステーションで面会に来たと告げると、奥から一人の看護師がやって来て応対してくれた。
「かなり酷い酔いで現在昏睡状態ですね。明け方に運び込まれてすぐ胃洗浄したんですが、意識が戻るのはもう少し時間がかかるかもしれません。ま、ただの呑みすぎですから心配ないですけど」
 そして父の財布はなかったが、手帳の中に呉波姉妹の名前と桜並木学園の連絡先が見つかったので、電話したということだった。
 病棟のセレブな内装とは対照的に、庶民的な口調の看護師である。
 相当なベテランなのだろう、淡々と説明されると心配していた自分が馬鹿らしく思えてくる。だがそれでも百合と凛々花の表情には、一抹の不安が残っていた。
 教えられた番号の病室を見つけると入り口の戸は開いていて、仕切りのカーテンしか見えない。二人は入り口で躊躇ったが、入り口の左上に『呉波沙直』の文字を認めるとそろそろと入っていった。
 カーテンの内側を覗くと、ベッドがあり、点滴を打たれている父が寝ている。
 近づくと、時折『ふー、ふー』と大きく息を吐いている。その様子が家で酔い潰れて寝込んでしまった父そのままだったせいか、ようやく二人の表情から不安の色が薄れていった。
「変なニオイがするわね」
 百合はベッドに近づくと、鼻を摘みながら言った。
「くさいよー」
 凛々花も鼻をつまみながらベッドの脇に座る。
「昔パパに無理やりかがされた、ほら、あれ何だっけ……あっイグアナ酒だ! あれと同じ生臭さだよ、ってさすがに酷いねこれ。完全に呑みすぎだよ、こんなの見たことない」
 沙直が苦しそうに呻き声をあげ横向きになっていた顔を上へ向けた。凛々花は父の顔を覗きこむ。
「うわっ! 何これ!?……頭っていうか顔を打ったんじゃないの?」
 ベッドの反対側に座った百合も覗きこんで見れば、沙直の右眼の周りが綺麗な円を描いて青痣になっていた。
 百合はその痣のまるい輪郭を指先でなぞりながら感心している。
「片眼だけパンダになってる。へー、こんな綺麗な青痣、漫画やアニメでしか見たことないけど、本当にできるんだ」
 凛々花は百合の手を押し退けて、沙直の顔に手を添えた。
「パパ! 一発食らっちゃったの?――気持ちよく酔ってる人を殴るなんて最低!」
「凛ちゃん、さっき自分で殴ってやるって言ってた――」
「パパは別でしょ! 殴った人が許せなくないのっ!? お姉ちゃん冷たいよっ!」
 凛々花がキッと百合を睨みつけてくる。
 まるで百合が殴ったかの如き表情、そして小動物が必死に刃向かおうとしているかのような態度に、百合は少し気後れがした。
「で、でも、まだ殴られたかどうかわからないでしょ。それにしてもさすがに、アニメの2次元と違って3次元となると痛そうね……」
「冷たいよ……お姉ちゃんさっきから、ううん前から時々思うことあったけど、薄情だよ……」
「え……そう……?」
 百合は困惑の表情を浮かべた。
「人の気持ちが理解できないの? もっとパパの気持ちになってよ。いつからそんなになったの?」
 いつから? 果たして前は違ったのか?
(わたしが薄情なのか、いや妹の父への想いが強すぎなのではないだろうか。いつからこんなファザコンに? 母が出て行ってから?)
 考え込んでいる百合に、焦れた凛々花は強く言い放った。
「そこは考えるところじゃないよっ!!」
 コツコツ――。
 凛々花の怒りを制するようにノックする音がした。
 入り口で会釈をしながら入ってきたのは、髪が薄く白髪で半分覆われ、肩幅のがっしりとした医師である。
 会釈を返す百合と凛々花に、医師は説明したいことがあるからと診察室へ案内した。
「喧嘩をして殴られたか、酔っ払って自分から転んだのか不明ですが、ご覧になった通り強く顔を打っていますね――発見時の状態ですが、救急隊員の話だと、ビルの谷間に倒れていたらしいんですが、病院搬送時は体温も血圧も一時期下がって危なかったですよ」
「え、そんなに!?」
 二人はそこまで?と心配顔になったが、医師は穏やかな表情のまま続ける。
「いまは逆に高熱が出ており、とにかく熱が下がってアルコールが抜けるのを待つしかないですねえ。ま、命に別状はないので安心していいですよ」
 医師は看護師同様に手馴れている様子だ。
「頭と顔面を強く打った痕があるから、念のためアルコールが抜けた明日以降にMRI検査をしましょう。また顔色もよくないので血液検査もしてみます。今日は眼が覚めないと思うので、お二人は一度帰って着替えを持ってきてください。あとは看護師から説明があります」
 そして、こう付け加えた。
「よく凍死しなかったですよ」
 凛々花の表情がこわばったのを、百合は見逃さなかった。
「あの、退院はいつできそうですか」
 百合がおずおずと尋ねる。
「何とも言えませんが……そうですね、運び込まれたときの状況から言って、数日かかるかもしれません。あとは血液検査の結果次第ですね」
 傍で聞いていた看護師が、代わって話し始める。
「患者さんの服が汚物で酷く汚れていたので入院着に着替えてもらいました。今着ているものはレンタルで有料になります。クリーニング代と一緒にあとで請求されますから」
 先ほどと同じ調子で話しているはずなのに、今度は何故か威圧的に聴こえる。
 きっと、お金を請求されているからなのだ。
 百合は、意地悪い顔に見えて仕方がない看護師を見ながらそんなことを思い、貯金の額を考えてがっくりと肩を落とした。


 二人は、そのまま夕方近くまで待った。
 午後になればアルコールが抜け、眼を覚ますかと思ったのだが、医師の言うとおりその気配は全くなかった。
 諦めて帰ることにした二人が院内カフェの前を通りかかったとき、百合は凛々花の疲れた表情を見て取って誘った。
「ちょっと休んでから帰りましょう」
「なんかここ高そう」
 セレブが利用しそうなエントランスだった。オシャレな雰囲気を醸し出している様はとても病院とは思えない。
「ん? あっちよ?」
 百合が指差した先には、数台の自動販売機が並び、その前に申し訳なさそうに置かれたみすぼらしいテーブルと椅子があるだけである。
「そうだよね……」
 凛々花はテーブルにバッグを置き、椅子にぐたりと座りながらそう呟いた。
 一番安い自動販売機は紙コップ式のものである。百合は紙コップを二つ持って席に着いた。
「ほら、今日は疲れたでしょ」