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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「うーん、でもわたし少し怖いかも。何故か知らず知らずのうちに危険なことに巻き込まれてしまう妄想が浮かんじゃうのよ。そんなときどうすればいいんだろっていつも思う。実際どんな人がどんな風に話しかけてくるかわからないでしょ」
「ああ……いい人かと思ったら突然裏の顔を見せたりとかだと、あたしも一瞬躊躇うかも」
「そう! そんなパティーン! 裏の顔って怖いでしょー」
「だから先生達からすれば、普段から『注意しろ』ってことなんだろうけどさ……確かにそれを言うだけってなんか無責任かもね」
「ん? どういうこと?」
「例えば、対処法とかさ、大体大きい声出せって言うばっかりだけど、それでも意外と難しいじゃん。経験してない娘(こ)はあたふたしちゃうよ絶対、気をつけろというなら訓練しろっつーの、訓練。そうすればかなり防げると思うわ」
「元気ねっ、ひばりは。弓道部だから犯人を矢で射そうだわ」
「ああ、あたしぁー殺るよ。」
 茶化す百合に、ひばりは殺気を孕んだ眼で返す。
「ちょっと、お腹痛いわ――あ、ほら遅れるよ」
 百合は笑いをこらえながら、ひばりを引っ張って廊下を進んだ。


 百合とひばりの選択科目はファッションデザインである。
 規模の大きいここ桜並木学園では、日本絵画やボーカルレッスンなどヴァリエーション溢れる選択科目が用意されている。
 移動先の被服教室では、ある生徒は広い長机に布地を広げ、またある生徒はミシンをかけたりと、思い思いに作業している。
 そんななか、百合はほぼ完成しているピンク色の服に、レースを様々に角度を変えてあてがいながら思案中だった。
「ほらほら、こういう感じで縁取りしたらもっと可愛いかな?」
「おっ、なかなかいいじゃない」
「さすがひばり、よくわかってるわ」
「これの次はどんな服? またコスプレだと先生に怒られるよぉ〜」
 ひばりの茶化しにも、百合はまったく気にする素振りを見せない。
「次は凛ちゃんの服よ。あの子ファッションセンスがいまいちだから、高校の進学祝にかわいいのデザインしてプレゼントしたいと思って……ほら、うち普段高い服買ってあげられないし」
「ん? あ、そか……節約かあ」
 ひばりはいたわるような、同情のような表情を垣間見せる。
「百合って妹想いなのね、うちはそういうの全然」
「弟可愛くないの?」
「全然っ! 喧嘩ばっかりだよ……あたしと違って、百合は情が深いわ。ま、わからないでもないよ、よよ、妹さんあれだけ可愛いし……ううっ……」
 何故か突然眼を潤ませはじめたひばりを、百合はあらあらと眺める。
「あなたは情が揺れすぎでしょ。でもね、うちも最近ますますお転婆になって困ってるわ。昔あの子が小さいときなんか、可愛かったんだけどね。ほんと可愛かったのよ(「た」に傍点)」
「過去形強調しすぎっ! 今でも可愛いじゃない。お母さん似だよね」
「わたしはお父さん似の黒髪だけど、あの子は髪色とかお母さんに似てるのよね」
「百合の黒髪も綺麗だけど、凛ちゃんのやわらかそうな金髪も素敵よねー。お母さんがフランス人のハーフだっけ? 百合のお父さんとは別に探偵の会社やってるんだよね? 前に写真見せてもらったけど、綺麗だったなー」
「うん……」
「……ごめん。深入りしすぎた」
「え? 全然大丈夫だよ〜。わたしは気にしてないし今でもお母さんに会ってるんだけど、妹がね……お母さんがいなくなってからなんか素直じゃないっていうか。眼も昔はぱっちりだったのに、眼つき悪くなっちゃって……」
「好きな男の子でもできればまた変わるんじゃない――百合もだけど、眸が青みがかっているのが綺麗だしすぐ彼氏できるよ」
「わたしはそれくらいしかお母さんに似てないけど、あの子は沢山似ているところがあるのよね……あ、こうしようかな」
 百合は再び机に向かって手を動かし始める。
「……百合だって他にも似ているところあるけどな」
 ひばりは百合の豊かな胸の高みをちらちらと見た。そしてそっと周りを確認すると、再び視線を百合の胸へと移した。
 ひばりの眼がぎらっと光る。
 嫉妬とも欲望とも本能とも知れぬ色に輝いたかと思うと、人差し指を突き出し、百合の豊かな高みの頂点へとそっと指先を近づけていった。
 張りがあるのか、それともぷにぷにとした気持ちのよい柔らかさなのか、という長年の疑問がとける瞬間がいまここに――。
「じぃ―――――っ。真顔」
 顔を上げると、擬態語を発する百合が見つめている。
「おっほん! なにやってるの、かな?」
「あははっ。えーと、どんな感触なのかなぁーと……つかじぃーのあとの真顔って何?」
「よく台本に書かれてない?」
「ト書き読んでるの!? ドジッ子声優かよ!」
 ひばりが笑いながら突っ込んだその時――。
『あー、あー、授業中申し訳ありません。職員室から連絡です』
 教室の天井に設置されているスピーカーから突然雑音とともに聴こえてくる事務的な声。
 ざわざわと一瞬騒いだ教室が自ずと静かになり、先生をはじめ生徒たちは天井を見上げた。
『一年D組の呉波百合さん。いらっしゃいましたら至急職員室までお願いします』
「百合じゃない」
 ひばりは振り返って百合を見た。案の定、自分の名前を呼ばれて驚いている。
 先生がすかさず声をかける。
「呉波さん、とりあえず指示通り職員室へ行きなさい」
 椅子から立ち上がった百合を、ひばりが見上げて言った。
「なんだろうね」
「わからない。ちょっと行って来るね」
 ひばりは次の言葉を探したが、結局、不安気に小首を傾げながら扉を閉めていく百合を見送るほかなかった。


第二章 切っ掛け

「ねえ、タクシー使えないの?」
 ホームで電車を待っている凛々花は、隣に立っている姉に不満をぶつけた。
「仕方がないわ。学校から病院までタクシー使ったらいくらかかるかわからないんだから」
「そんなにうちの家計余裕ないんだ――パパの大事なのに」
 何故だろうか、年下に生活費の心配をされると、何も言えなくなる。
 不安と不満の混ざった妹の横顔に、百合は口を噤むしかなかった。
 電車は間もなくやってきた。一時限目の途中に病院から学校へ連絡が入り、授業も途中に姉妹揃って病院へと向かっているのだ。
 既にラッシュ時間を過ぎているだけに車内はすいている。
 凛々花は力なく腰を降ろし、百合が隣になだめるようにそっと腰掛けた。
「お父さんならきっと大丈夫よ。そんなに心配しないで」
「そんな気休め言わないでよ……ねえ、パパお仕事無理して倒れたのかな?」
 不満げに口を尖らせたかと思うと、次の瞬間には不安げに涙目になる。
 そんな揺れ動く妹を見て、百合は同じように揺れ動かない自分の心を奇妙に思った。ただ今は新しい情報が欲しい、それだけ。
「わからないわ。とにかく病院に行ってみないと」
「まさか急性アルコール中毒とかないよね? 最近パパお酒呑みすぎだったもん」
「いくらお酒好きでも呑み方は知ってる筈だから」
「そうだよね――よく駅にいるじゃん、だらしない酔っ払いとかさ、あれ最低。殴りたくなってくるよ! まったく!」
「ほんとよね。あ、ほら駅よ」
 二人は電車から降りると、小走りに改札口へと向かった。