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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「え? うわぇ――」
 凛々花はあたふたと左右の結び目を両手で握り締めた。
(のわあああ!! せっかく今日初めて挑戦したのに〜!)
 ――凛々花が勉学に勤しんでいた間、ずっと我慢していた一つがオシャレである。
『楽しい女子高生ライフの基本はオシャレだよねっ!』
 進学が決まったらオシャレを楽しみたい、とはこの三年間常々考えていたこと。
 進学決定直後は何をすればいいのか、オシャレとはどこから手をつければよいのか全く見当もつかなかったが、近頃はシャンプーを変えたり色々な髪形を試したりと自分なりにできそうなところから始めていた。
 昨晩ネットで知ったのは、ツインテールがとても人気があるということ。今朝はそれを試したくて、人生初のツインテールに挑んでみたのだが――。
(まだ慣れてないから、こんな失敗してしまったのか……これから毎日頑張れば、お姉ちゃんみたいに綺麗になっていくのかな? おっ! そうだっ!)
 凛々花は片側だけ髪をほどくと、へへん、とジト眼で左京を見返した。
「ええと……」
 困り顔の左京。
「得意気な顔してるとこ悪いが、それも変だぞ」
「ええっ!? だって片ポニーも人気があるって」
「人気がある?」
「あ、いやそのぉ……」
「うーん、片ポニーは片ポニー用に合わせてバランスを取るべきかな。なんかバランスが悪くて見てるこっちが首痛くなる」
 やはりかかわるべきでなかったかもしれない。
 自分の第六感は信じるべき。再び頑なに心に誓う凛々花であった。
「くっ! 別にコイツの為にツインテールにしてきたわけでもなし――」
 そう小さく呟いてもう片方もほどくと、力なく校舎へと歩き始めた。


 チャイムが鳴る。朝のホームルームの時間である。
 開かれた扉の隙間から若い女教師が顔を覗かせ、ニコッと可愛らしい笑みを浮かべながら教室に滑り込んできた。
「はーい、みんな時間だから席について」
 ころころとした心地よい声を響かせる教師の名は秋波茉莉衣(あきなみまりい)。
 生徒達から茉莉衣先生やミスマリイと親しみを持って呼ばれている英語教師で、去年大学を卒業したばかりの初々しい副担任である。
 彼女の愛くるしい笑顔は、毎朝このクラスに齎される素晴らしい恩恵だ。男子女子共に自然とにこやかな気分になり教室がさっと明るく彩られる。今日のような快晴の日だと眩しいほどだ。
 しかし、就任した当初は、親から引き離されたばかりの子犬のようにおどおどしていたのである。一年近く経った今ではこのクラスに充分馴染み、堂々とさえしてきているが。
「今日は、大事なお知らせがあります。特に女子はよく聞いてね」
「なになに?」「なんだろう」
 教室が騒がしくなる。
「はいはい静かにー! えーとですね、ネットでも一部ニュースになっているけど、最近繁華街などで中学生や高校生に、モデルになりませんか、などの声かけ事案が多く発生しています。アルバイト料も払うしアイドルになれるチャンスかもよ、などあの手この手で言葉巧みに誘い出し、付いていった生徒がですね……あー、その……コホン」
 意味ありげな咳払いをしてから、ひと呼吸。
「いろいろですねー……、えー、被害にあっているそうです」
「先生ー。いろいろな被害って何ですか? 念のため確認したいんですが……」
 左京がすっと手を挙げて質問した。
「そのっ、いろいろですっ!」
「あー……えっと、出来れば、知っておいたほうがいいかなって。例えば、タレントのなり方を教えるから授業料を払えと高額請求する詐欺とかですか?」
「それもありますが、それ以外に、そのっ……えとっ……」
 茉莉衣先生はあたふたと出席簿をかたく胸に押し付けながら言葉を探している。彼女が躊躇っている理由を、教室内の大部分の生徒は理解しているのだが……。
「おい察しろよ」
 正義感溢れる男子が、見兼ねて左京を非難した。
 普段であればことの成り行きを見守るだけの凛々花だが、朝の件で苛立っていたせいか、さっきのお返しとばかり左京に言葉を投げつける。
「お前の思春期は、い つ 来るんだ」
「ああっ! 性的なことなのかー。サンキュー呉波さん! あっ……」
 すっきり理解できたことが嬉しかったらしく、左京は思わず大きい声をあげていた。勿論、直後にしまったという顔をしていたが。
「おまっ! それじゃあたしが変なこと言ったみたいじゃ――」
 妙なタイミングで自分の苗字が呼ばれ、凛々花は赤面した。
「左京クン! サイテー」「クウキヨンデヨ」
 当然のように女子が非難する。集中砲火である。ここに至ってようやく左京は察したらしく、気まずく押し黙った。
 恥ずかしげだった茉莉衣先生は、味方になってくれた生徒たちのおかげで安堵の表情を浮かべている。
「ですから、みなさん気をつけてください。特に左京くん! 男子も何人か被害受けているそうですよっ!」
 茉莉衣先生の精一杯の仕返しだ。
 そんな彼女のいたいけな可愛らしい表情を見れば、男子は思わず加勢せずにはいられない。
「おい左京! 後ろよく見ながら歩けよ!」
「ヘイ! ママにケツ綺麗に洗ってもらうんだな」
「アメリカかっ!」
「こらー下品なこと言っちゃダメですー!」
 左京の突っ込みと先生の声が響く教室で、凛々花は呟く。
「ふん、ざまあみろ。あたしに無粋なことした罰だ。はー、でもまだイライラするなー、もうママのこと完全に忘れていたと思ってたのに」
 高等部の校舎の方角へ視線を向けた。
 青い空に雲が浮かんでいる。
 その複雑さが織り成す風景のなかに、姉の顔と母の顔が重なったような気がして、ひとりふるふると頭を振ってそのイメージを取り除こうとしていた。


 凛々花の視線の先にある高等部校舎では、巴(ともえ)ひばりが前の座席を注視していた。様子が妙なのである。
「ツインテールか……ふふ、悪くないわ」
 友人の呉波百合が、先生の話を全く聞かずに涼やかな眼を窓外へ向けてぶつぶつ呟いている。
「ちょっと百合、怒られるわよ。つか何でクールな顔でツインテールって呟いてるのよ。したいならゴム貸してあげようか? でも学校でツインテールは目立って恥ずかしくない?」
 教師に気付かれないように囁き、人差し指で脇腹をつんつん突付く。
「きゃん! やめてよ〜」
「相変わらず、いい声で啼くわね〜」
 ひばりは満足げに眼を垂れた。ついでに口の端から涎も垂れそうである。
「違うのよ。妹が今朝初めてツインテールにしてたんだけどそれが可愛くて。でも正面から見たら左右の高さ違ってて言おうと思ったんだけど――」
「おーい、巴、呉波聞いてるか?」
 担任の男性教師が注意したとき、タイミングよくチャイムが鳴った。
「おっと時間だな。いいか、街中で勧誘を装った連中による被害が増えてるんだぞ。お前らも気をつけろ。以上」
 教師は二人に忙しげに言い、教室を出て行った。同時に、教室内では生徒たちがそれぞれに動き始める。一時限目は選択科目の為、皆移動するのだ。
「勧誘なんて断ればたいしたことないでしょ」
 ひばりに元気溢れる表情で話しかけられ、百合は軽く頷いたあと、一瞬考えてから口を開いた。