おつかれさまです、ユリリカ探偵社
優子は動揺を隠そうともしない。その様子はまさに谷田部へと話を振るに絶好の切っ掛けだった。
百合はさも今気付いたように反応する。
「あっ、もしかしてお知り合いですか? 実はここがゲイの人たちが集まる場所だって知って、ここなら優子さんの弟さんに会えるかもと思ってお誘いしただけなんですが、もしかしてタイミング悪かったでしょうか」
優子が振り返って百合をじっと見つめてくる。
百合のこめかみに流れる一筋の汗……。
百合は自分でも感じていた。少々わざとらしい言い方だったかもと。
優子の視線をそらしたくて、百合は谷田部と左京が向かっていく建物を指差す。
「あ、あれはゲイさんが利用するホテルなんだそうです……あのう、弟さんのこと訊いてもいいですか?」」
頷いた優子に、百合は少しほっとして彼女の言葉を待つ。
「ええ、いいけど、祖母はどこまで話したのかしら。確かにゲイの弟が居るんだけど、わたし、彼が家を出て行ってから弟に取った態度を後悔してたんです。両親は気持ちが変わらないみたいですけど……」
「はい、でその後は……?」
「それで、就職は弟と仲直りしたいこともあって都心を選んだんです。でも全然弟に会えることはありませんでした。当たり前ですよね、こんな広くて人がいっぱいの都会で弟に会えるわけないですよね」
ぽつぽつと語る優子の視線の先には、ちょうどホテルに入っていく谷田部と左京の姿があった。
「そこで偶然出逢ったのがあの人です。ピザを配達に来た人で、あの背の高いほうの――」
そのときだった
「こんなのノーマルじゃない……あーもう詰まんないよっ!」
そう叫びながら凛々花が百合のところにどすどす歩いてくる。
「こんなくだらないこともう中止!」
「ちょ、ちょっと凛ちゃん!」
「お姉ちゃんもう止めるから。こんなこと馬鹿らしい! なんか変だよこういうの。ねえ? そう思わない?」
「マズいって」
全く聞く耳を持たない凛々花に、百合は冷や汗が背中にどっと流れるのを感じた。
「2次で面白いからって3次にしたって全然面白くない。それにこんなの人としてあるべき姿じゃないよ。絶対おかしいよ。恋愛は普通にするべき。家族だって普通にあるべき。うちの家族だって離婚しないで仲良く暮らすべきなんだよ!」
そう言い残し、興奮が収まらないのか怒りながら去っていく凛々花に、百合は追いかけようとしたが、隣に優子がいるのを思い出し思いとどまった。
それを聞いていた優子は、
「あのときの……妹さんね」
と凛々花を見ながら言った。
「アパートでも張り込んでいたわよね。あなた、実は谷田部さんの彼女とか?」
「いえっいえっ違いますっ!」
芝居がばれていたのかと驚く百合は、あたふたと両手を振った。
「じゃ、お友達? 彼の為に皆で一芝居うったって感じかしら。実はさっきからちょっとおかしいなって思ってたのよ。わたし結婚式やスタジオなんかでメイクの仕事してるから、あのときアパートの階段で転んだ子のお姉さんじゃないかとメイク越しに思ってたのよね」
「ああ、まあその……」
背中を丸めて言葉を濁す百合。しかし次の瞬間には背筋を伸ばして優子に向き直った。
「あ、あのっ、水着を着てまで誘惑したとか、つけまわしたのはストーカー行為ではないでしょうか」
「あ、あれはごめんなさい。心配しないで。わたしもあそこまでやってちょっとやりすぎたかもって思い始めたからもう彼にはもう何もしないわ。それにここまでされるとね……最初ピザが届けられたとき一瞬弟かと思うほどそっくりだったから、彼を思わず抱きしめてしまったけど、それは弟の代わりに親しくしたいと思っただけかもしれないし……」
「親しくですか? でもその後はそんなレベルではないようですが」
百合が疑問を素直にぶつけると、優子は語り始めた。
「ああ、ピザを配達しに来た彼に水着で出て反応を見たんですよ。男子のそれだったので、ゲイでないのは弟と違って残念だと思ったけど……でも弟と仲直りできた感覚が欲しくて彼と親しくしよう考えてしまったのかな……それだけ何年も弟とコミュニケーション取っていなくて、それだけ弟の愛情に飢えてたのかもね。それが行き過ぎて、勘違いか錯覚でちょっと好きになってしまって立て続けにいろんなことをしてしまったけど……過度な愛情は求めず、また押し付けもしないようにしないとね……もう彼には変なことしないわ」
少し演技がかっていないだろうか。
よどみなく語りきった優子に、百合はなんとなくそんな印象を抱いた。
凛々花は行き場所がなくて再び戻って来た凛々花に眼を配りながら優子が再び口を開く。
「妹さんがさっき言った言葉……わたしも少し前まではそうだったんです……さっき祖母の話を聞いてから、この短い時間に沢山の想いが浮かんで……ふぅ、理想やあるべき姿に拘りすぎていたのかも……許せたらいいですね、家族の関係って」
何かを感じているのか、また何かが変わりつつあるような優子の表情に、百合も自分の家族を少し顧みて……。
「あの、あたし……」
興奮が収まったらしい凛々花が、言い訳しようとしはじめたとき、優子はすっと立ち上がり、
「それじゃ、今日はありがとうね、可愛らしいお姉さんと妹さん」
と、言い残し歩き去ってしまった。
百合と凛々花は、かける言葉が見つからないのか、ただ見送るだけ。
我に返った百合が、凛々花の行動を質すと、凛々花は平然と答える。
「いらいらして持ち場離れちゃったけど、あの二人にもうやめていいって連絡するの忘れてた。やっぱBLは2次に限るわ〜。3次で見たってキモイだけ。ねえ、優子さん帰っちゃったけど、どうだったの?」
「そうねえ、成功だったのかな? ねえ優子さんの話し聞こえたでしょ?」
凛々花は百合の言葉にぷいとそっぽを向く。
「ちょっと聞こえたけど、あたしには関係ないよ〜」
凛々花は意識して百合から視線をそらして答えた。と、
「ねえ! あれ!」
凛々花が指差した方向を見ると、ひとつの影が見えた。
「あれ? もしかして……?」
それを百合は見覚えがあるように思ったが、すぐにその人物が取り乱したように走り去ってしまったのでよくわからず、首を捻るしかなかった……。
§
翌日、谷田部が登校すると、梢が眼を真っ赤にして彼を待ち受けていた。
「谷田部クンっ!」
必死の形相で問い詰めてくる。
「いつからそんな関係になっているの? あの中学生は誰? あの建物に入って何をしたの?」
「え? あ、ああ演技だからな! 普通にバイクのこなし方とか、バイクの快感とか、そんな話してただけだって」
谷田部は自分がした行為の恥ずかしさから、必死に梢から眼を逸らしている。が、それはまるで誤魔化しているような雰囲気でいっぱいだった。
「えええっ!? バイのこなし方とか、バイの快感とか!? た、楽しそうで何よりです―――っ!!」
梢が泣き叫びながら廊下を駆け抜けていく。
「あーあ、誰も女子が後ろに乗ってくれないからって、そっちに走っちゃったの?」
ひばりが信じているのかそれともわざとなのか、冷めた目を谷田部に射っていた。
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L