おつかれさまです、ユリリカ探偵社
そこは昼となく夜となく、ある種の人々が集まる所として一部の人たちに有名なスポットである。
ある種の人々。
それは老若、美醜、貧富、雅俗などに関係なく様々である。ただ一つの共通点は、全員男であるということ。
公園の裏手には、四階建てのビルがある。
両隣の華やかな高層ビルとはあまりにも対照的で、近寄りがたい寂れた雰囲気をもつビルだが、入り口は常に開け放たれており、いつでも入れるように見える。もっとも、入り口から先は薄暗さが不気味で、とても様子見できるものではなかったが……。
公園に散発的に集まる男たちは目配せし二人一組になると、そのビルにそろそろと入っていく。お互い肩を組んで、または手を取り合って入っていくのだ。
この公園に辿り着いた百合と凛々花は、一番隅にある大きな木の下に潜んでいた。
「ねえ凛ちゃん、ここ何か異様な雰囲気がしない?」
「この前いっぱい検索して、苦労して見つけたのよ。裏掲示板とかそういうのね」
公園を広く見渡し、様子を窺い続ける。
「あ、来た」
二人の視線の先には左京がいた。眼鏡を外してオシャレした彼は、美少年と呼ぶに相応しいものだった。その彼はキョロキョロとあたりを探るような眼で、落ち着きがない。
「ちょっと待ってて」
凛々花は左京に何かを手渡すとすぐに戻ってくる。
「あ、あー。聞こえる? オッケーね」
凛々花が小型のトランシーバーを使って左京に話しかけた。
「ああ、イヤホンも渡してきたのね。あ、優子さんがそろそろ来るからあっち行ってるわ」
「うん。谷田部さんもそろそろ来る時間だよね」
頷いた百合が、カツカツカツとハイヒールの音を立てながら去っていく。
「さあて2次元を3次元で再現。面白くなるわよ〜」
凛々花はぐふふと一層眼を細めて嬉しげに声を洩らす。
百合が公園とオフィスビルを区切る交差点付近で突っ立っていると、すぐに優子はやってきた。
百合が先の電話であらかじめ教え合っていた優子の携帯の番号へかけると、優子も百合の方を向いてわかったようである。
「優子さんですよね? こんにちは」
お互い初見のはずなので、百合は自分が知っていることを気付かれないようにと緊張しながら声をかけた。
近づいた優子は百合のメイクに一瞬眼を見張ったが、そこは社会人らしく平静に言葉を返す。
「NPO法人の……呉波さんといったかしら」
そんな会話を二言三言交わしてから、百合は優子の実家訪問の報告をした。
最後に、優子の祖母が別れ際にしたときの話をすると、優子はしばらく考え込んでからおもむろに口を開いた。
「そうね、はは……やっぱりわたしのおばあちゃんかな、わたしが最近迷っていたことをうまく言ってくれたみたい」
さらに優子が言葉を続けようとしたときだった。道路上にエンジン音が響き、一台のバイクが走ってきた。呼び出されていた谷田部である。
谷田部には事前に計画の全貌を伝えてはいなかった。優子を意識せず、なるべく自然な振る舞いを期待しての凛々花の配慮だった。
ただ、バイクに興味がある振りをする左京に会って丁寧に相手をし、彼の要望に従って欲しいということだけを伝えてある。どのように行動すべきかは伝えていない、それはハードゲイコスプレを断られたのが原因なのだが……。
一人離れた場所では、凛々花がトランシーバーに向かって左京に鋭く指示を飛ばしていた。
「ほら、手を振るのよ……んもう! そうじゃなくてもっと可愛く!」
谷田部は公園の入り口で盛んに手を振っている左京の前でバイクを停め、ヘルメットを取ると左京と会話し始めた。
百合は優子の表情に動揺が走ったのを見逃さない。
遠くに見える彼らの様子にいち早く気付き、ちらちらと見始めている。
「えと、あちらに座ってお話ししませんか?」
「そ、そうですね。ここは人通りも多いですし」
そんな優子に百合は公園のベンチへと誘導する。谷田部からは見えづらいが、こちらからはよく見えそうな位置にある木陰のベンチは、優子にとっても恰好の場所だったようで、二人はすぐに移動した。
ベンチに座ると、左京の声がかすかに聞こえてくる。
もう少し大きな声を出してくれないだろうかと百合が思っていると、凛々花も同じ思いだったらしい。すぐに指示を出したらしく、突然左京の声が大きくなった。
「僕まだ中学生で免許取れないけど、オートバイに興味があるんです。あ、あの、跨ったりしてもいいですか?」
左京が跨った。だが奇妙な跨り方に谷田部はすかさずアドバイスする。
「おおっと、そんなに背中をそらせなくていいよ。あはは……」
「こ、こうですか? うん、うまくいかないな。よ、よくわかりません」
二人の弾んだ声に、優子は気になって仕方がない。
「谷田部さん、ちょっと僕の後ろに乗って、どんな風に乗ればいいのか教えてください」
左京が甘い声でねだる。
「あ、ああ」
谷田部も展開が読めてきたのだろう、一瞬躊躇ったのち破れかぶれ気味に左京のうしろに乗り、覆いかぶさるように体を付けて教え始めた。
「こ、こら左京クン。そんなにお尻を突き出しちゃ駄目だよ。あ、当たってるから」
「え? どんなふうに? 呉波さんそれは――あ、何でもないです。谷田部さん もっと密着して教えてください。こう、ほら腕はどんな風に伸ばせばいいんですか? こうですか? 手を取って教えてください」
凛々花につい聞き返してしまった左京に百合は冷や汗をかき、優子が気付かなかっただろうかと振り返ったが、どうやら大丈夫だったらしい。
と、百合と優子の近くを二人組みが通りかかった。百合そして優子が同時に振り返ると、それはあきらかにゲイと思われるカップルだった。
そのカップルも左京と谷田部が織り成す濃厚な光景に自然と眼を奪われてしまうようだ。
「あらあら、若い子はいいわ〜。お盛んね〜」
「この頃が一番楽しいのよね〜懐かしい! そして羨ましいっ!」
若い二人の密接なコミュニケーションに自然と微笑が洩れ、和んでいる様は平和なひとときを実感せずにはいられない。
そのころ、カメラを手にする凛々花……。
「ウエヘヘエエエエジュル」
涎が糸を引いて流れ落ちそうなのを啜りながらさかんにシャッターを切っている。
「はい! じゃあこれから二人揃って裏のホテルに向かって〜。くぅ〜妄想を体現できるなんていい仕事よこれ」
愉悦の表情の凛々花自身が、2次元の腐女子をそのまま3次元に体現したかのようなのだが……。
「は〜い肩組んで〜腰をもっと悩ましげに!」
ぎこちないながらも素直に従っている二人を眼で追う凛々花。
しかし、ひくっと片眉を上げると突然カメラを持つ手を下ろした。そして何か得体の知れぬ違和感に襲われたらしく、その原因を探るように首をひねり始めた。
一方、優子はとうとう百合の話を聞かずに左京と谷田部を凝視し始めている。それを見て百合は絶好のタイミングとばかり眼の奥を光らせた。
「優子さん、ここってゲイさんたちの集まるところって知ってました?」
「……やっぱり……そうなんですか?」
「はい。さっきあのオートバイに跨っていて、いま肩を組んで歩いている二人もそういう関係なんでしょうね」
「彼が……」
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L