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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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 まもなく、箪笥やら衣装箱やらをひっくり返す音が上の部屋から響いてくる。しばらくしてやっと百合が降りてきた。
「うわーいいじゃない。全然オトナ! OLさんみたい」
 凛々花は百合の大人びた格好に眼を奪われた。
 タイトスカートがきまっている黒のスーツ姿。赤いフレームの眼鏡もよく似合っている。
 そのシャープな形状はまるでやり手のキャリアウーマンのようで、百合の眼の魅惑的な輪郭がより強調されていた。
 最も眼を惹くのは胸のブローチだ。百合の花をかたどったデザインで、ダイヤもあしらわれているとても高価なものである。
 凛々花はそれを見た瞬間、胸を引き絞られるような痛みを感じた。
 あれ? これ見た覚えがある……。
 遠い記憶に不意に襲われる凛々花。
 無抵抗のままに過去へと引き戻されて……。


 凛々花は小学生。
 三年生だ。
 明日は待ちに待った授業参観日。
 母はファッションには人並みならぬこだわりがある。今もスカイブルーの上着にホワイトのタイトスカートのスーツを着て、鏡の前で気取ってポーズ作り。
「明日はこの格好で行くからね」
 凛々花にうきうきと話しかける。
 そのオシャレ着は凛々花と同じ髪色の母にとてもよく似合っている。明るい色使いの爽やかさがまたこの五月という季節にぴったりだ。
 凛々花は誇らしい。友達にこんな素敵な母の姿を見せられるのだ。
 母の胸にブローチが綺羅綺羅と光っている。
「これは百合の花よ。ママのママ、つまりあなたのお婆ちゃんの生まれた国、フランスの国花なの」
「とってもキレイ……これ欲しいママ」
「ごめんね。これは桜並木学園に合格できたら百合にあげるって約束したものなの。でもあなたが合格したときにはフランスのもう一つの国花のアヤメのブローチを買ってあげましょうね」
「やたー! 楽しみ!!」
 そして翌日。
 凛々花は授業中に何度も振り返った。先生が黒板に向かっているときに振り返り、また手を上げながら振り返り。
 母が待ち遠しくて仕方ない。
 あれ? おかしいな。
 もう授業が半ばに差し掛かっているというのに、母の姿が見えない。
 ドアの開く音がした。今度こそママだ。
 先生が説明している最中に振り返ったら、凛々花の母ではなく友達の母親だった。
「お母さんがいるからって後ろばかり見ちゃダメだぞ」
 先生に笑われながら怒られた。沢山父兄が並んでいたので、そのなかに凛々花の母親がいると思ったらしい。
 母は結局来なかった。朝、約束したのに来なかった。
「今日見に行くからね。女の子なんだから下品なことお友達の前で言っちゃダメよ」
「はぁ〜い♪」
 こう言って確かに約束したのに。
 最後まで母の姿を見ることが出来なかった凛々花は、涙を堪えるのに必死だ。
「嘘つき! 来るって約束したのに。とっておきのスーツでお洒落していくからねって言ってたのに!」
 凛々花の心の叫びはとめどなく凛々花自身の心の中に響いた。
 家に帰ったら、どれだけママを非難してやろう。夕食には大好きなハンバーグステーキを所望してやろうか……もうとにかく我儘をいっぱい言ってやる。
 学校からの帰り道に母にねだる内容をいろいろと考えていた。
 そして、家に着くと、
「ママ! 何で来なかったの!」
 と精一杯叫んだ。
 だが、返事はなかった。
 家の中を探しても居ない。
 家にあったのは、母からの書き置き一枚だけだった。
『百合、凛々花。パパと仲良くね。ママはある事情でこの家を出ることにしたの。そのうち連絡するわ』
 携帯電話にかけても出ない。
 出て行った理由は分からなかった。父に尋ねてみると、
「パパの考え方ややり方を好きではなかったんだろうね。パパよりもっと大切な人のために出て行ったんだよ……」
 子供心でも浮気だと悟ることができたのは、それ以上話そうとしなかった父の様子からだった。だから、詳しく訊くのも憚れた。
 その後父は二人の娘の為に懸命に働き、家事をし、そして気遣ってくれた。
 そんな苦労を一身に背負った父の姿を見て、凛々花は決して母を許すことが出来なくなった。いや、心優しい父を裏切った存在として憎くさえある。
 だが、姉の百合は違った。親であることには変わりないからと、連絡をとり続けていたのだ。
 姉のことは嫌いではなかったが、その点だけは承服しかねる……。


 ブローチを見つめ続ける凛々花。
 百合にしてみると、そんな凛々花のブローチの思い出など知る由もない。
 百合はただ大人っぽさを演出するために、何の意図もなくブローチをつけただけだった。
「凛ちゃんどうしたの?」
 百合が心配げに覗き込む。
 眼が覚めたように瞬きした凛々花は、姉がいま着ている服にも見覚えがあった。
 そう、この黒のスーツは母が置き忘れていった洋服なのだ。
 母の服を着た百合の後姿は、もうそれは母によく似ている。母のことを思い出さずにはいられない。
「なんでもないよ。それでいいんじゃないかな」
 少し元気のない凛々花の様子に、百合は浮かない顔で荷物を手に持った。

    §

 約束の場所へと向かうために、呉波姉妹は繁華街を進んでいる。
「ねえ、ほんとこのメイクでいいの?」
 百合は出かける前にした、仕慣れないメイクが気になって仕方がない。
「う、うん……ちょっとアイシャドウが濃かったかな? でもかなり色っぽくて、い、いいよ多分」
「首傾げながら言わないで」
「いや、絶対いいって。全然もとの顔の面影ないから。それにここに来るまでに何回も声かけられたでしょ」
「まあ、かけられたけど、あれってキャバクラ?のスカウトでしょ。顔見てちょっと笑ってた人もいたわよ」
「ちょっとやり過ぎたかな……?」
 姉の顔をあらためて見れば、アイシャドーと口紅を塗りすぎてケバく見えないでもない。「え? なに? 凛ちゃんが塗り足したのよちょっと薄いって」
 凛々花は、姉の眼の印象をもっと変えたほうがいいと電車の中で思い、車中で大胆に垂れ眼メイクを施し、ついでに頬紅も多めに塗っていた。そのせいでオカメっぽくなってしまったかもしれなかった。
「い、いやこれこそが変装なんだよ! 大丈夫……ふぇっ!」
 誤魔化そうとする凛々花を、百合はかるく睨んだつもりだったが、百合のもとの切れ長の眼と垂れ眼メイクのせいでまるで般若かオカメか判別のつかぬ異様な生物が、赤く塗りすぎた唇も人を喰ったように睨んでくるみたいで、凛々花は恐怖に一瞬おののく。
 しかしそんなことは気にしていられない。凛々花は気を取り直して言った。
「ま、それは置いといて、打ち合わせどおりに頼むわお姉ちゃん。左京と谷田部さんの準備も問題ないみたいだし」
 ハードゲイのコスプレを断った谷田部は、待ち合わせ場所に来て左京に会ってもらう手筈になったいる。
 相手の左京は、凛々花との『なんでもする件』の為、あることを指示されていた。
 百合と凛々花がたどり着いたのはあるビジネス街
 その一角には、ハイセンスなデザインのオフィスビルとビジネスホテルがあった。そしてその二つの高層ビルに挟まれた場所に、何本もの落葉樹が茂り、花壇の整備された小奇麗な公園がある。