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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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 そんな狡猾さが見え隠れしている凛々花のすぐ近くで、男子たちが騒いでいた。
「うるさいわね」
 凛々花が小さく呟き、席を立ったときだった。ふざけあっていた男子の一人が友達に押されてバランスを崩したひょうしに凛々花の背中にぶつかった。
 凛々花もバランスを崩し転びそうになったが、よろよろとこらえている。
 凛々花の視界の先には左京がいた。一瞬の思いがよぎった。それは以前に彼にされた登校時と、ホームルーム時の出来事。
 彼を見る眼が一瞬輝きを増す。狡猾さが一段と増したかのようだ。
 次の瞬間、凛々花はこらえきれずに倒れていく。その先に居るのは別の男子と談笑してい左京だ。
「危ない!」
 左京はいち早く気付き、凛々花を支えようと手を差し伸べる。
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる凛々花……。
「きゃあぁー!!」
 思い通りの悲鳴……の筈だった……ギュッ!……直後に胸を強く揉まれた感触が……しかも両方とも……凛々花は予想だにしなかった感触に、更に大きな悲鳴を上げていた。
「ぎゃあああああああああ!!!」
 もうそれは蛮声だった。なんだなんだとクラス中が騒ぐ。その中心で凛々花が胸をおさえている。
 左京が支えたはいいが、彼の出した腕の位置が悪かったのだ。
「私見てたわ。転びそうになった呉波さんの胸を左京君が揉んだのよ」
「い、いや僕は……」
「最低!」
「おいおい」
 男女の声が入り乱れて飛び交う中に、凛々花は両手を手ブラのようにしてうずくまっていた。その肩が見た目にもぶるぶる震えているのがわかる。
「……もう……あたし……お嫁にいけない」
 こんな筈じゃなかったのにと本気で言っていた。それだけに周りの女子に限らず男子までもが左京への批判を強め始めた。
「ひどいわ。責任取りなさいよ」
 女子に責められて左京は慌てて弁解する。
「わかったわかったよ。何でもするから許してくれよ……」
「今何でもって言ったわね」
 凛々花の声だった。
 胸がまだ少し痛む。
 凛々花は胸に両腕をそっと添えたまま立ち上がった。
 姉の百合に及ばないとはいえ、もしやDカップかと思えるほど大きい方なのでそんな姿で立つとやたらと胸が強調される。
 凛々花は眼のやり場に困っている左京をきっと睨み付けた。
 赦しを請うている左京の顔に脂汗が流れている。その脂汗が眼に入ったのか、彼はメガネを取り手の甲で拭った。
 凛々花の表情に緊張が走っ……。
「似てる……?」
 小さく呟いた凛々花の言葉が聞き取れず、左京が尋ねる。
「どうすればいい?」
「……か、考えとくわ」
 動揺のせいだろうか、凛々花はそう言って、とりあえずその場の騒ぎをおさめていた。


 放課後、気持ちの落ち着いた凛々花は左京につかつかと歩み寄る。
「何でもするって言った件。ちょっとある事やってもらいたいことあるんだけど、その前にその野暮ったいめがね取ってみてくれない」
 左京はめがねを取った。かけているときよりも眼は大きく、輪郭もはっきりしていて、そっくりではないものの、さっき思ったとおり兵頭の面影を感じさせる。
「ん? なに? つか今日はゴメン」
「もういいからっ! それよりも何でもするんでしょ。あたしの言うこと聞いてもらうから」
「ああ勿論何でもいいよ」
 赦してもらえそうで気持ちが軽そうに帰っていく左京の背中を見ながら、凛々花は呟く。
「へへへ兵頭さんに似てるからって何よ。そうよあたし達のところを去った彼なんかこういう眼にあわせてやる」
 幸か不幸か、兵頭の身代わりに自分が憎まれるようになったことなど、左京は知る由もない……。

    §

 凛々花の計画は着々と進んでいるようだ。
 左京というキャストの都合がついたことは、彼女にとっては予想外の出来だったらしく、得意満面の表情になっていた。
 次の算段は優子を呼び出すことであるらしい。
 優子から実家の住所を聞きだすことに成功した百合が再び電話する。
 前回は特に考えなしに電話をかけてしまったが、今度はさすがに話す内容を整理してからかけていた。
 まず実家への訪問について報告したい旨伝えたが、電話でよいとあっさり断られ、挽回のため次々と繰り出したアドリブも虚しく尽きると仕方なくあらかじめ用意していた次の話へ振った。
 それは優子の弟についてだった。
「あ、あの、弟さんとはお会いになっているんですか? 実は色々お話を伺って来まして、おばあさまも心配していたものですから……はあ、そうですか」
 どうやら会えていないらしい。ちょっと迷っている百合に、凛々花はメモ用紙に「いいから続けて」と走り書きして見せる。
「……それなら弟さんに会えるかもしれない場所があるので、そこに来ていただけないでしょうか。そこで報告も詳しくしたいと思いますので」
 優子が承知したことで呼び出すことには成功した。
 しかし、受話器を置いた百合は気の進まない顔をしている。
「嘘はつきたくなかったんだけど……」
 後に話した内容は、まるで優子を騙すような気がして百合はなるべくなら言いたくなかったのだ。
「嘘じゃないじゃん、会えるかもってことなんだから」
 まったく良心の呵責を感じていない凛々花を、百合は冷静に見つめるだけだった。

    §

 優子と約束した日はすぐにやってきた。
 優子に会うのは百合の役目である。
 姉妹共に一度アパート前で顔を見られてしまっているが、凛々花は階段から転んで強く印象が残っているだろうし、何よりも中学生という年齢がネックだった。
 百合も一学年しか上でないが、大人びているうえに凛々花に比べればあまり顔を見られていないだろうということで、当然百合の出番だった。
 リビングルームでは出発前に百合がどんな格好にするかで悩んでいた。
「さすがに電話と違って直接会うのは緊張しちゃうな。わたしだって相手から見れば充分子供に感じられるだろうし……」
 自分の服の中では最も大人びた服を着て姿見の前に立つ百合は不安そうだ。
「顔見られてるからかなり作りこまないとね。声優じゃなくて女優のつもりでやらないとダメだよお姉ちゃん」
 妹の言葉を聞いて、百合は自分の格好の物足りなさを自覚する。
「うーん、コスプレなら自分が生まれ変わったと錯覚するくらいなんだけど、自分の服だとなんかダメね。やっぱりコスプレこそが、この社会の単調なアイデンティティを打破できるのよね……あ、そうだっ! ね凛ちゃん、声優ってオーディションあるじゃない。受けるときはコスプレしたらいいわよね」
「はあ?」
「それで役が決まったら、アフレコ現場でもコスプレするの。これで演技に集中できるわよ。うん、もし声優になれてオーディションに応募するときがあったらそうしよう! あ、でもどうしようかな、新人オーディションとかの場合はどんなコスプレにしたらいいんだろう……」
 腕を組んで熟考し始めた百合に凛々花はしかめっ面だ。
「ちょっと! 今はそんな話じゃないでしょ。服はどうするの? それで行くの?」
「ああ、ごめんごめん……そうだ! 待ってて着替えてくるから」
 アニメの話になるとついつい暴走しがちな百合は、てへへと頭をかきながら自室へと向かった。