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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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 その頃から姉は少しクールな性格に変わった気がする。
 食べちゃいたいくらい、って愛情表現だったの? ふざけてたの? 何なのよまったくもう、と姉を見遣ると、相変わらずはむはむとシャロを咥えている。
「って、お姉ちゃん、ほら朝ごはんできたから。今朝も寝惚けすぎでしょ」
「え?……うん、深夜アニメ刮目し過ぎて、三時間くらいしか寝てない……」
 と、ぐしぐし眼を刮(こす)り始めた。
「ほんとに刮目しすぎだよ!」
 凛々花は肩を竦める。最近の百合は、自分が翌朝朝食当番でなければ、夜遅くまでアニメ鑑賞しているのだ。
 シャロはというと、身をよじって百合の腕から逃れ、ソファーの陰へ走ってプルプルと震えている。
「ぐぅ……鼻噛んだらしょっぱいのいっぱい出てきた……」
「そんなに強く噛んだのっ!?」
 呆れつつテーブルに朝食を並べると、百合は寝惚け眼(まなこ)のままよろよろと席につき、いただきますと箸を取る。
 もぐもぐもぐもぐもぐ……。
 口を無心に動かす百合。
 凛々花はちらちらと盗み見る。
 食べ始めていくらも経たないうちに血色が良くなる姉の肌、眼は綺羅綺羅と輝きが増し、聡明さが満ちてくるのが分かる。
 つい先程までの寝惚け姿とは見違え、いつもの涼しげな美貌を湛えた姉だ。
「はむっ。もぐもぐもぐ」
「また練習?」
「うん。というか、こういうのが自然に出てくるようにしないとね。はむっ」
 クールな表情から出てくるアニメ声。どうにも似つかわしくない組み合わせに、凛々花はきょとんと姉を見つめる。
「昨日は魔法少女の可愛い食事シーンでもあった? つかいくら声優を目指し始めたからってそれはちょっと……」
「はむっ。もぐもぐ。ごくり……ふぅ。やっぱり朝は沢山食べないと頭がすっきりしないわ。凛ちゃん、最近お料理上手になったわね。朝食当番の日でも安心して任せられるようになったわよ」
「そ、そう? そりゃ当たり前よ。あ、あたしだって三ヵ月後には高校生なんだから料理くらい――」
「料理が上手だと、彼氏も早く出来るわよ」
 凛々花が口元を綻ばす。彼氏募集中なのだろうか。
「そういえば、お父さんは?」
 百合は今更のように周りを見渡した。
「珍しいよね、いないなんて。徹夜の仕事かな? パパがこの前徹夜したのいつだったっけ?」
 凛々花が箸を止め考えていると、いつの間にか百合がさも当然とばかり凛々花のチーズスクランブルエッグに箸を伸ばしている。
「いらないなら食べるわよ? チーズ美味しいのに」
「取るなっ、ってチーズ好きだよね、ホント」
「うん、いくらでも食べられる」
「はっ! チーズかっ!? チーズが効果あるのか!? あ、あたしだって栄養取って大きくしてやる!」
 百合の胸を一瞥すると、凛々花はお皿に残っていたスクランブルエッグにぱく付いた。
「ん、大きく? なにを?」
 百合は小首を傾げ、その美しい黒髪と青眸を揺らしながら、向かいの自分と同じ色の青眸を不思議そうに見つめていた。

    §

 呉波姉妹はいつも一緒に登校する。
 姉と妹はそれぞれの制服を着こなし、優雅にフレアスカートを翻しながら歩く。
 他校の生徒から羨望の眼差しで見られるほど可愛らしい私立桜並木学園の制服。その羨望の種類は、中等部と高等部で異なっていた。
 高等部の制服は、モノトーン調でシックな淑女的雰囲気のなかにおとなの色気が漂う。
 一方中等部の制服は、パステルカラー調に華やかなフリルを配したデザイン。ロリータの雰囲気漂う可愛さだ。
 その対極のデザインが、幅広く桜並木ファンを生む要因となっているのだ。
 そんな制服を着た二人の後姿は、どちらが傾国でどちらが傾城かと迷うような――つまりは、優劣付け難い美しさがある。
 黒髪の百合に対し、金銀の髪色をした妹の凛々花はとても目立つ。しかし、前に回ると期待通りの百合と違って、凛々花には可愛らしさへの無頓着さが見え隠れして、見る者はやや残念な気持ちにさせられるのだった。
 会話もままならぬほどぎゅうぎゅう詰めの電車から降り、駅構内の混雑したなか前を歩く百合の制服姿を、凛々花は憧れの眼差しで見つめる。

 ――昨年末、中等部では高等部への内部進学試験が実施された。
 殆どの生徒が合格するとはいえ、無条件で全員を進学させるほど桜並木学園は甘い学校ではない。
 入学後の最初の試験で最底辺の成績だった凛々花は自分の実力を思い知らされ、高等部への進学を万全なものにするべく勉学に専念する三年間を送っていた。
『必ず進学したい。そして早くあの素敵な制服に袖を通したい。高等部の制服に比べると、中等部の制服はすこし幼な過ぎるから』
 この制服が嫌いなわけではない、しかし、オトナに一歩近づける高等部の制服は違った魅力があった。
 内部進学試験の結果は年明けに発表された。努力の甲斐あって合格だった。日常生活の素行関連も入学以降真面目にしていたから問題なし。
 他のクラスで三人だけ、道を踏み外してしまったり家庭の事情などで高等部に進めない生徒もいたが、凛々花のクラスでは全員が無事に高等部に進めるとあって、担任も含め皆が喜びを分かち合った。
 兎にも角にも進学が決まって、希望に満ちた日々が始まったというのがつい先週の出来事――

「あと三ヶ月後には、自分もこの制服を着て通学するんだな〜。えへへ、楽しみ〜」
 こんな言葉が知らず知らず洩れると同時に、姉の後ろを歩く凛々花の顔には嬉しさがありありと浮かんでくる。
 というか、にやけ過ぎて、向かいから来る通行人の奇異な視線にも気がつかない。
 改札を通り抜けると、ようやく人が疎らだ。凛々花はスキップのように軽やかに弾みをつけて姉の横に並んだ。
 自分より少しだけ背の高い姉の横顔を一瞥すると、また姉の唇が気になった。今も『食べちゃいたい』くらいに、自分は姉に可愛がられているのだろうか。
 凛々花はちらちらと何度も姉を盗み見しながら、シャロを咥えていた姉を思い出していた。
 くすぐったい視線。
「なに? 凛ちゃん」
 百合が凛々花の視線に応える。清楚なのだけれど、微かに妖しさを纏った流し目で。
「ん!? あ、いや何でもないよっ! というか、パパ連絡ないの?」
 自分のスマートフォンの着信を確認しながら、お姉ちゃんのは?と促す。
「ううん。無し、ね。兵頭さんと徹夜の張り込みでもあったのかしら」
「張り込み?」
 凛々花が歩きながら屈むように姿勢を低くする。そして、右手で敬礼するように手庇を作って、周りをきょろきょろと見渡した。
「えへへ。浮気? 浮気調査なのかな」
「イヤらしいわよ」
「あー、やっぱり高校生になったら、パパの事務所でアルバイトしよっかなぁ。探偵ちょっとやってみたいじゃん。ねえ、高等部はアルバイトオッケーなんでしょ? そしたら、あたし浮気調査専門にお父さんにやらせてもらおうかな」
 右手を軽く握って口元へ当て、ぐふふと唸ると目尻が次第に下がっていく。
「BL系の人たちも浮気とかやっぱするよね? あははぁ〜、最近クラスで流行ってるんだよね。そのうち、そっちの浮気調査とかあったりして〜」
 凛々花のたっぷりと下がりきった目尻。中学生らしからぬ下品な笑顔に百合は眉根を寄せた。