おつかれさまです、ユリリカ探偵社
「ああっ! 申し訳ありません。胡散臭かったのならば謝ります。実はなかなか実家に帰れない方の代わりに、我がNPOスタッフがお土産を持って実家を訪問するんです。ご家族の方とコミュニケーションを取り、一人暮らししている娘さんが元気でいることを伝えるというボランティア活動もしていまして……え? なんで一人暮らししているか知っているのかって?………………あははあああっ! あ、いや、実はこの電話は一人暮らししているかの調査も含んでいるんですよ。すると、やっぱりお姉さんは一人暮らしなんですね? オッケーです。では話を進めましょう」
「そんな話じゃ無理でしょー。絶対食いつかないよ。はぁ……もう」
諦めはじめた凛々花だが、尚も粘り続ける姉を半ば期待の入り混じった表情で見守り続ける。しかし、やはり思わしくないようだ。
「そうですか……。わかりました。それでしたら今回は……」
百合の表情に焦りの色が広がる。それを見る凛々花をはじめ全員の表情もみるみるうちに同じ表情へと……。
「ぬぉおおお、今度注文するときはサービスでトリプルチーズにするから頑張ってくれぇえええ」
と、突然谷田部がミックスチーズをばっさばっさと振り掛ける仕草をし、『は〜いピザお届けにあがりました』とお尻を軽く突き出しながら、ニコッと笑顔でピザボックスを両手で差し出すポーズを取ってまで応援だ。
百合がそんな彼の姿に眼を見張った。
「あ、でも少々お待ちください。実はわたし達の活動を利用してくださった方には、ピッツァ・ウマイッツァの無料券をお配りしているんですよ……ええ、そうあの駅前の宅配ピザ屋さんです。今回は特別に二枚、いえ、三枚プレゼントしますのでご利用願いませんか?」
百合の表情が一変する。
「ありがとうございます! はい今メモしますね。住所は……。実家へのお土産品はこちら持ちですので、ご安心くださいね。何かご両親にお言伝などございませんか?……」
受話器を置いた百合に、全員が「おお」と感嘆している。
「やったねお姉ちゃん! 最初は微妙な展開だったけど途中から挽回できたのは凄い! いつも胡散臭いNPO法人に辟易してたけど、今回ばかりはそんなNPOに感謝するね。うんっ! NPO凄いわ!」
凛々花の手のひら返しに感嘆する余裕もなく、百合は伊達めがねをはずすと、ふにゃあと脱力し机に突っ伏す。
「ひぃー疲れたよぉ……ありがとう、谷田部くんのお蔭かな」
谷田部は眼を白黒させている。
「え、いいアイデアだけど その券だれが負担するの!? で、俺がまた配達することになるんじゃね!?」
凛々花が谷田部に頭を下げると握手を求め、ついで梢、ひばり、そして百合と握手を連ねる
「ありがとう谷田部さん。梢さん、ひばりさんもありがとう。お姉ちゃんも良かったよ。高いピザの無料券を三枚ももらって、そのうえ谷田部さんに配達してもらうなんて、相手もホント願ったりだし。快挙だよ! ね、お姉ちゃん!」
§
次の日曜日は快晴だった。
呉波姉妹は優子の実家へと出発していた。
聞き出した住所を目指して電車を約一時間半乗り継ぎ、駅からはバスに三十分揺られた。
周囲に何もない停留所から冬小麦の育っている畑の間を抜け、午前の陽射しを気持ちよく顔に浴びながら歩く。
やがて静かな住宅街にたどり着いた。
実にのどかな風景、百合も凛々花もそう実感する場所に目的の家はあった。
「誰かな?」
訪れてみると老婆が出てきた。不審がられると思ったが、優子の名前を出し彼女の代わりに来たと告げると、意外にも二人は老婆から歓待される。
優子の両親はここから離れたショッピングモールに車で出掛けたばかりで、夕方まで帰ってこないらしい。
老婆は優子の祖母だった。話し相手が欲しかったらしく二人を和室まで通し、お茶と美味しそうな和菓子まで出してきて二人を相手によく喋った。
祖母の話を聞いているうちに、二人は思いもよらぬことを耳にする。その話はこうだった。
優子には弟がいる。二歳下で、それは幼い頃から仲のよい姉弟だった。しかし、その弟は高校に入った頃から様子がおかしくなった。
ある日、弟が家族に打ち明けてきた。僕はゲイだと。
打ち明けて以来、彼の行動はエスカレートし続けた。仕草は指先まで女性のように滑らかになり、内股になった。
世間体も憚ることなく、ゲイである自分を隠そうとしない。
当然両親と優子は彼をノーマルに戻そうと説得した。しかし説得すればするほど、逆にのめり込んでいくのであった。
終いには東京へ行ってゲイバーで働くとまで言い始めた。このとき両親は烈火の如く怒ったという。至って普通の家族像を目指していた両親としては、ゲイであるだけでも許せないのに、高校を中退するなどとは以ての外だったのだ。
優子も同じ考えだったので必死に説得する。
その甲斐あってか、高校卒業まではなんとか我慢させた。しかし、卒業式の翌日に無断で家を出て、東京へ行ってしまったという。
それ以来、弟からは連絡が一切ない。両親は嘆き、家族は崩壊したも同然の暗い空気に包まれ続けている。
弟は親しいゲイ仲間に誘われて家を出て行ったらしい。
その為もあり、優子はゲイに対して決して良い印象があるわけではないらしい。憎いとさえ思っているかもしれない。
祖母はそんな話を長々とし続ける。
両親は弟にもう戻ってくるなと絶縁状態だが、彼女はまだ弟との関係を修復したいと考えている。
しかし、それはゲイでない弟がいいのだと。そうなれば両親は許すかも知れず、家族が元に戻る可能性があるから。
そして現在、優子は東京に出て行って一人暮らししている。大学卒業後、就職を東京に選んだのは弟をいつでも探せるかららしい。
また幸いにも、弟には女装の趣味は無かった。所謂ニューハーフ寄りでなく、仕草は女性っぽいものの髪形や服装は一般的な男性の服装に留まっているオネエレベルだった。
性転換していない今ならまだ元に戻せるかもしれない。いや、もう既に飽きて戻っていて、実家へ帰りたいと思っているかもしれない。なんとしても見つけ出して、実家へ連れ帰り、再び幸せな家族に戻りたい、と優子は思っているのだという。
しかし、優子は東京に行くのを反対した両親を押し切ってまで行ったので、連絡も帰省もしづらいらしく全然していない。きっと元に戻った弟と帰ってくるつもりなのだろうと。
老婆は長々と話し続けて咽が渇いたらしく、手元のお茶を一気に飲み干してから、最後にこう言った。
「あれだけ反対していた息子と嫁も孫達が出て行って以来、最近は寂しいようだねえ。どんな形にせよ、家族は一年に一回くらいは集まるべきだよ。考え方の違いなんて関係ない。子供が理想や常識から一つや二つ外れている位で、全てを拒否するのはやっぱりやり過ぎだったのかと気付き始めたのかもしれないのう」
そして、遠い目をして懐かしむように付け加える。
「危害を加えてくるような暴力的でなければ、家族って世界で一番の味方だよ。そんな血の繋がったかけがえのない家族なんだから、広い心で受け入れてるだけで何となく心が休まるもんさ」
聞き終わって凛々花は返す言葉が見つからなかった。
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L