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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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 ・・・・・・・・・・・・

 どれほどの雨が降り、どれほどの時間が経っただろうか。
 相変わらず太陽は見えず、薄暗い雨雲の下で二人は立ったりしゃがんだりしながら張り込みを続けていた。
「うえー、お姉ちゃんまだ一時だよ。暗いからもう夕方かと思った」
 携帯電話を見て嘆く凛々花。百合は空を見上げた。
「雨雲が濃くなっただけね」
「ねえ、どうしよう。顔だけは確認できたから今日はこれで成果あったことにする? このまま夜まで何もなかったら無駄じゃない?」
「そうねえ、やめる?」
 凛々花は姉の叱咤をかすかに期待していたのかもしれない。案に違い百合のあっさりと引き際に凛々花も力が抜けたようだった。
「うん、帰りたい」
「そうねえ、あたたかいシャワーを浴びたいし、宿題もしなきゃいけないし、おやつに甘ーいショートブレッド。それを熱い香り豊かな紅茶で楽しみたいし、テレビも見たいし、夕食はお鍋なんかいいかもね」
「そんなこと言ったら余計帰りたくなったよ! つか、相変わらず食べる要素ばっかり」
 今にもグーと鳴りそうなお腹をおさえて凛々花はがっくりと肩を落とした。
「うう……でもしようがないか」
「とりあえず今日は断念して、帰って別の対策を考えようか」
「うん……」
 そのときだった。遠くから響くスクーターのエンジン音に、二人はよけようと振り返る。
 黄色の馬だった。いや、全体が馬となるようにデザインされ、毛並みが溶けたチーズとして表現されて塗装されているスクーターだ。
 これが谷田部の勤めているピッツァ・ウマイッツァのウマのゆるキャラ『ウマイッツァくん』である。
 カマンベール、ゴルゴンゾーラ、ゴーダ、チェダー、パルミジャーノなど、数種類のチーズを独自の配分でミックスしているというチーズに拘わったピザ屋であり、『ウマいチーズを纏った馬のウマイッツァくんがウマいピザをお届けします』という長いキャッチフレーズで宣伝しているのだ。
「谷田部くんだわ」
 ちょっと気持ち悪くて目立つデザインなので、百合はひと目見て気がついた。
 そんな目立つバイクがアパートの敷地に入っていく。
「良かった、これで肝心の場面が見られるかも」
 二人は固唾を呑んで見守る。
 バイクを降りた谷田部はピザを持ち、アパートの二階へと上がって行く。百合と凛々花も玄関付近を見やすい位置へ移動する。
 呼び鈴が押される。ドアが開かれ、谷田部の奥に見える優子が少し見えた。
 服装が朝と異なっている。ジーンズを切ったホットパンツに、上はキャミソールのような肩が露になるものだった。
「冬にはそのカッコ寒いでしょ」
 凛々花が寒さに凍えながら呟く。
 谷田部が緊張しているのが、姉妹の位置から見てても分かる。そして何事もなく彼が無難にピザを渡し終えたと思えたときだった。突然谷田部は慌てた様子でドアを閉め、早歩きで階段を降り始めた。
「あのっ! 違うんですっ――」
 バタンと勢いよくドアが開き、そう叫びながら優子が谷田部の後を追ったかと思うと階段で足を滑らし、派手な音を立てながら落ちていく――。
 谷田部は階段のしたまで転げ落ちた優子を心配して彼女に駆け寄った。
 だが、呉波姉妹の眼に映る二人の様子から察するに、どうやら大事には至っていないらしい。「大丈夫です」という優子の言葉が呉波姉妹のところへかすかに聞こえてきたあとに、谷田部はそのままバイクに跨って走り去っていった。
 優子がその谷田部の後姿を見つめ続けている。
「ひょー熱い視線!」
 茶化すように囁いた凛々花を、百合は右手で制す。
「見た? 今のわざとよ。きっと凛ちゃんが転んだのを参考にしたんだわ……なんとかして自分に注目して欲しいのね。バイクの前に飛び出したときも一緒よ」
「そうだった? 何でわかるの?」
 問う凛々花に、百合は遥か遠くの雨雲を見遣るようにして答える。
「わたしも似たことしたからわかるの。気になってたんだけど全然振り向いてくれない男の子のズボンを転んだ振りして下ろしたこと」
「ええ? それって自分が相手を傷つけてるじゃん」
「違うわ、こんな恥ずかしいことをさせてとわたしの心が傷ついたのよ」
「こじつけ過ぎだよー。最近の話じゃないよね?」
「幼稚園の頃だったかな……あ、いやこんなことしてなかったかも、あれ思い出せない……」
 さっと天を仰ぎ、百合は顔を曇らせた。
 凛々花は再び起った姉の異変を奇妙に思った。
 以前、幼稚園のころの凛々花を『食べ』ようとした、しないで揉めたときの姉と同じではないか……?
 そんな昔の話を明瞭に覚えていないのは当たり前だが、この頃の思い出を話すときの姉は妙に苦しげなのが気にかかるのだ。
「!」
 同じ表情がもう一回あった? 沙直が病院でした昔怖い目にあったときの話の最中に、百合がした表情。あのときも驚いた後に確かこんな表情をしていた筈……。
「もうそれはいいよお姉ちゃん。とりあえず二重人格というか裏の顔というか、そんな彼女の姿を見たんだからとりあえず収穫あったじゃん。帰って作戦会議しよ」
 姉の憂色の濃い表情。
 今日はもう早く帰ったほうがいいだろう、と凛々花なりに気遣っての言葉だった。

    §

 翌日の放課後。
 呉波家の自宅一階である探偵事務所に百合、凛々花、ひばり、梢、そして谷田部の五人の姿があった。
 昨晩、呉波姉妹はこれからの調査方法を検討したのだが、さっぱり良いアイデアが浮かばず、それは調査内容の詳細が決まっていないからという結論に至り、谷田部と詳しく話を詰めることにしたのである。
 学校では話し合う時間も無かったので、探偵事務所で谷田部から話を聞く予定だったが、何故かひばりと梢も付いて来ていた。
「うひょー。初めて探偵事務所なんて見たけど、なんか辛気臭いわー。でも色々調査結果とかあって面白いー」
「ちょっと見ちゃダメよ。守秘義務があるんだから!」
 勝手に書類やパソコンを閲覧してはしゃぐひばりを百合は叱りつける。
「ねえ、何これ? 発信専用って書いてあるけど」
 ひばりが三台ある電話のうち二台を指差した。
「ああ、それは受信を受け付けない電話なのよ。かける機能だけあるの」
「どういうこと?」
「番号を通知しないと相手が取ってくれない、でもその相手から掛けなおされたら困る場合にその電話を使うの。そういう契約がちゃんと電話会社に用意されてるのよ。会社のテレアポ? よくわからないけどそういうのでも使われているって聞いたことがあるわ」
「へー、そんな契約があるんだ」
 凛々花も知らなかったらしい。
「番号知られても全然問題ないから気楽にかけられるってことね。覆面の電話番号みたいなものよ。こちらは相手の顔を見られるけど、向こうは見られないみたいな。一度番号を知られて、受け付けないって相手に判断されたらもう終わりだけどね」
 ふーんと皆が感心しているところで、梢一人は思いつめた表情をしている。
 それは、昨日谷田部が優子にピザを渡した後に慌てていた理由を問われたときの答えが原因だった。
 何しろ、お釣りを渡したときに手を取って胸を揉まされた、というのだから梢の心中は穏やかのわけがない。