小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

おつかれさまです、ユリリカ探偵社

INDEX|24ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

「そんなことないです。それじゃ……し、失礼します!」
 百合と凛々花は会釈して、その場を立ち去った。
 張り込みの場所へ戻ったところで百合が凛々花に向いて言う。
「顔見られたのマズかったわね。でも、ねえさっきの聞いた?」
「聞いたけど、なんでそんなに嬉しそうなのよ」
「可愛い姉妹だって」
「どうせ、お姉ちゃんのことでしょ、ってっー!そんなところで嬉しがってる場合じゃないでしょ!」
「何が?」
「今日はこれからどうするの? とりあえず真面目そうで親切な人だったし、ストーカーに思えるところなんてこれっぽっちもないんだけど」
「そうね……やっぱりピザが届けられるところまでは見ましょ。谷田部くんの前でもそうか確認したいし。他にもヒントになる行動があったら勿体ないしね」
 いつのまにか灰色の雲に覆いつくされた空の下で、二人は張り込みを続けることにした……。

 張り込みを始めて間もなくして、恐れていた雨がしとしとと降ってきた。しかも冷たい雨……。
 先週降った雨がすこし暖かく感じられたのとは正反対だったこともあり、凛々花は空を見上げると涙声でこぼした。
「うー、なんでこんなときに降ってくるの? 家で着込んできたのに、全然あったかくないよー」
「動かないからね」
「ツライ……車の中とかで張り込みしたい」
「免許持ってないしね」
 百合はバッグから取り出した折り畳み傘を凛々花に手渡し、もう一つを自分用に開くと、
「……待ってて何か買ってきてあげる」
 そう言い残して行ってしまった。
「ちょっと何よ突然……」
 残された凛々花はひとりアパートを注視する。
「にしても寒すぎー」
 手を擦り合わせながら小刻みに体を揺すった。傍目にはトイレを我慢しているように見えなくもない。
 雨を横切るように風がひゅうっと吹き渡っていく。凛々花は白く細い首をぶるっと震わせて、上着の襟を立てた。
「おっ、なんかこれ刑事みたいでカッコウイイかも。ふふん、この緊張感が張り込みの醍醐味なのねっ!」
 雨は相変わらず単調に降り続け、傘の端から一定のリズムをとって滴っている。その大きな滴がアスファルトに跳ね返り、靴のつま先に点々としみができていく……。
 凛々花は霜焼けが出来そうな痛痒さに、足の指を時折もぞもぞと動かした。
 時折吹く風に傘の向きを変えると、視界に入ったのは傘もささずに歩いている老爺だ。
「こんな若い娘(こ)がねえ。終戦後復員したとき進駐軍が溢れていた頃を思い出すよ。暗い時代が再来したもんだね、不憫さね新自由主義ってやつは本当にイヤだよ……お嬢さん、しっかりして自分を大切にのう」
 老爺は凛々花の肩をポンと叩いて去っていく。
「ふりんのせいでしんじゅうしちゃう? そりゃ不倫で心中するのはイヤよね」
 何のことやら分からず、凛々花はきょとんと見送るしかない。
 しばらくすると女子高生か女子大生と思われる派手な身なりの二人組みが通りがかり、ひそひそと会話をし始めた。
「ねえねえ、あの子」
「ん?」
「ほら、あの真剣な表情、あれ絶対好きな男の子が出てくるのを待ってる感じよね」
「あーそうかも」
 くすくすと忍び笑いしている。
「(はあっ!? 聞こえてるんですけどぉー!)」
 凛々花は心のなかで精一杯叫びつつ、彼女らに説明したい気持ちを必死に抑え込む。
「ね? ほら、こっちの話が全然聞こえないほど真剣なのよおー! 真剣に恋してるのよ――っ!!」
「ホントっ! 可愛いい!!」
「(なに勝手に盛り上がってるんだあァアア!!)」
 さすがに我慢できなくて、思わず見返した。
「! キャァーー! ジト眼で睨まれちゃったあー可愛いいっ!!」
 はあと溜息をつくしかない……去って行く彼女らを尻目に、凛々花は独り呟いた。
「立っているから目立つのね。電柱の陰でしゃがんでいよう」
 凛々花は電柱に隠れるようにしてしゃがんだ。
 静かな住宅街、それも日曜の午前だけに他に誰も通らず、ぽつぽつという雨の音だけが聞こえる。
「あ、なんかちょっとあったかくなってきたかも……とくに腰の辺りが……って、あれ?」
 何か変だなと思いつつふり返ると、犬が傘の下に入り込んでいる。そして凛々花に体をつける様にして電柱へ向かって後ろ足を上げようと……。
「おわっとっと」
 飛沫がかかりそうになって凛々花は慌てて立ち上がった。見れば、紐につながれた散歩中の犬だ。飼い主はというと、傘をさした中年の女性がスマートフォンをいじっている。自分の犬が粗相をしていることにもまったく気付いていない。
 凛々花が呆気に取られていると、犬は飼い主を引っ張っていくようにして去っていった。まるで飼い主が散歩されているように、犬に引っ張られていく。
「もう! お姉ちゃん何やってるのよ、あたしひとりを置いて!」
 姉が去った方角を見ながら、不満が飛び出したときだった。
「ごめんおくれちゃった」
 後ろから百合の声だ。
「あ、お姉ちゃん。どこ行ってたのよぉ!」
「そこの酒屋さんお酒しかなかったからしばらく探してやっとコンビニ見つけた。ぐるっと半周廻ったら酒屋と反対側のあっちのすぐ近くにあったよアハハ〜。ほら、アンパンと牛乳。それからカイロも買ってきたよ」
「あ、あ、ありがと……ほんと、こんなに寒くなってくるとは思わなかった」
「ん?……どうしたの?」
「もう辛いよ……帰りたいな……」
 凛々花が一人でいる間にあったことを話すと、百合は時折笑いながら聞いた。そして話し終えた凛々花に静かに語りかける。
「どう、少しは探偵の仕事の大変さわかった?」
 考え込む凛々花に、百合はひとつ咳払いすると、まるでナレーターのように澄んだ声を出し始めた。

 ――探偵?
 そんなものは手垢と埃にまみれるだけの仕事よ
 悪いことは言わない、夢も希望も捨て去った方がいいわ
 でもどうしてもやりたいというのなら話は簡単
 必要なものは探偵業開始届出書
 それを公安委員会に提出するだけ
 あとは依頼を取って来さえすればいい
 もし、あなたに探偵を続けられる勇気が備わっているのならばね……

「ある探偵がそんなこと言ってたらしいわよ。わかった?」
「何がわかったよ。ポエム終わったと思ったらアンパン頬張ってもぐもぐさせながら言わないで」
「はむっ……おなか空いて……もぐもぐ」
「でもさ、何でアンパンと牛乳なの?」
「さあ……? 張り込みには定番だってお父さん言ってたけど、何でかしらね」
「でも確かに美味しいかも。こうやって一緒に食べると口の中で餡子と牛乳が混ざってまた絶妙なコクが出てなかなかっ! 新発見だね!」
「普通に生クリームアンパン買ってきた方が良かった?」
「あ……そっちのほうが良かったかも……」
 喉が渇いていたのだろうか、凛々花は牛乳パックをちゅーと思いっきり吸っている。
「うわっ冷たい……まあでもよっしゃ、これであと三十分は張り込み続けられる」
「ちょっと短いわよ。ん? どうしたの?」
「あ……お姉ちゃん。おしっこ行きたくなっちゃった」
「無理しないで行って来なさい。あそこを曲がってちょっと行けばコンビニあるから」
「うん、行ってくる」
 そう言い残し、凛々花が雨の中をとてとてと走っていく……。