おつかれさまです、ユリリカ探偵社
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「なんか見たことあるわね……って殆ど真似したうえにやっつけじゃない。それにこの『女子高生百合の探偵社』って……」
昨日見たホームページそのままの文章と、繁華街によくありそうな趣きある名前に、百合は相変わらずセンスがないわねと呆れつつ否定する。
「いやいや、これは妹が勝手に作って募集してるのよ」
「そりゃ残念だな。アルバイト代割いて報酬きちんと支払うけど無理か? 無難に解決したいんだよ。警察とか大事(おおごと)にしたくないしさ」
「解決ってどの範囲? 探偵って調査業協会というのがあって、そのお達しで調査業務に限定されているのよ。別れさせ工作みたいなことでトラブル多発したことがあったとかで、工作業務をしちゃいけないことになってるらしいの。警察も工作業務は探偵業務でないと言明しているし」
「ほへーそうなんだ」
ひばりが感心している。
「んじゃ、とりあえず相手のことを調べてくれよ。どんな人かわかれば、俺も対策取りやすいし。な、調べるだけならいいんだろ?」
「百合さん、引き受けてあげられないでしょうか。わたくしからもお願いします!」
梢がひしっと頭を下げてくる。どうも無下に断れない雰囲気に感じられる……そもそも探偵業は遠慮したい百合なのだが……。
「うーん……でもわたし、ただの女子高生なんだけど……」
「でも探偵社の娘だろ。俺達の知らないテクニックとか色々知ってそうだし」
「そんな、全然たいしたことないわよ」
実際にそう思っている百合はきっぱりと否定した。
「百合さん、さっきの採用調査のお話凄いと思いました。わたくしなんか絶対出来ません。勿論、嫌なら無理しないで欲しいんですが……」
梢が中心にクリームたっぷりの薄切りにしたロールケーキを手に持ったときのように、今にも崩れ落ちそうなほど儚げに百合を見つめている。
ひばりは百合の気持ちを見て取っているが、この場は静観の構えだ。
谷田部が両手を合わせ拝んでくる。
「頼みます。呉波家の父上が入院したって聞いて、他の探偵社を探したんだが、なんか胡散臭そうなの多いし、やっぱり知らない探偵者に頼むより呉波家に頼む方が心丈夫に相違ないから。ここに書いてある着手金三万円もお納めいたします」
「なによ、急に丁重になって……まあ、調べるだけなら……って着手金そんなにするの?」
驚いた百合がブログを確認すると、確かにそう書かれている。
「それにプラスしてピザの無料券もサービス致します」
ごくり。
百合の咽が鳴った音だった。
そして、その場にいた三人が、百合に走った緊張感を多かれ少なかれ感じ取る。
ピザ。
焦げたドウのサクとした歯ごたえ。
伸びるチーズから漂う豊熟な香り。
高価な故か、注文するたびに襲われる背徳感。
百合の脳裏に浮かび上がるピザ。
そのチーズの海に溺れているのは百合なのか……。
「何枚?」
「え?」
百合が突然尋ねたので、谷田部はとっさに答えられなかった。
「だから無料券何枚?」
「三枚?」
「…………」
「五枚!」
「…………」
「十枚でいかがでしょうか!」
再びごくり。
皆の視線が百合に集中する。
「仕方ないわね。今回だけよ。勿論Lサイズよね?」
「お、おう。も、勿論だぜ」
「それでは早速一枚今晩のお夕飯に届けてくれない? 時間指定で」
「よ、よっしゃ……」
なかなか厳しい交渉に谷田部は冷や汗を拭った。そんな彼に、百合は申し訳なさそうにブログに書かれている条件を確認する。
「ここに書いてあるとおり、成功報酬は別にいただくわ。今回は、そのひとがストーカー行為をやめるに有効な情報が得られた場合ね。但し、悪いけど、調査できた情報の多少に関わらず着手金とピザ割引券の払い戻しはできません。それでもいいかしら?」
「ま、仕方ないよな。で、あ、あのさ」
谷田部がもじもじとしている。なんとも気持ち悪い動きだ。
「あ、あの、依頼が成立したらダウンロードキー……」
「谷田部クンっ……」
「うわあ……」
それぞれ声を上げて引いている梢とひばりを差し置き、百合はきりっと姿勢を正す。
「悪いけど、その話はなかったことにするわ。訂正してお詫びいたします」
そして深々と頭を下げたのだった。
放課後、呉波家のリビングでは、百合が写真のことで凛々花に問い詰めている姿があった。
「事務所で見つけた機材が実際に撮影できるかどうか試したくて」
そう言い訳する凛々花。まだ他にも妹の行動に承服しかねる百合は矢継ぎ早に質問を重ねる。
何故ブログを勝手に始めたのか。何故百合の写真を勝手に使ったのか。そして何故『女子高生百合の探偵社』などと名乗っているのか。
それを凛々花は早口で答えた。
各社の競争が激しい昨今、様々な手法を凝らしてネット上で宣伝が行われる中、自分達が埋もれないために必要なのだと。父沙直が復帰できたときに忘れ去られ、依頼がなければ生活できないではないかと。
全ては呉波探偵社を存続させるため。要約すればその一言で説明できる。
「ブログだってパパに電話して許可取ったよ。あと通称は他の探偵社のホームページ見てると、登録してある正式名称とは別にインパクトある通称で宣伝してるじゃん。だから考えたんだよ。パパも通称なら考えてもいいって」
「通称って『女子高生百合の探偵社』のこと? とりあえず写真と通称はやめて」
必死に説明する凛々花。
ただ生活を守りたいが為にそうしているのだと思うと、百合はそれ以上責める気になれなかった。
本人は理想の生活を目指しているだけなのに、それが軋轢を生む因果。政治、信条、宗教。どの世界でもどの場面でも見られ、ときには滑稽に思える事象が我が家にも起こっていることに、百合は戸惑う。
「『女子高生百合の探偵社』は(仮)だよ。いい名前思いつかなくて……お姉ちゃん考えてよ」
「そんなのすぐ思いつかないわよ……ゆりりん探偵社とか?」
「なにそれ? あたしとお姉ちゃんの名前繋げただけ? 全然捻りがないんだけど。ちゃんと考えてよ」
「またそうやってわたしに頼って。ブログのおかげで今日依頼を引き受ける結果になったというのに」
なにそれ、と眼を輝かせて食い付いた妹に、百合は学校での顛末を説明した。
「わおっ! でも何で引き受けたの? イヤだって言ってたじゃん」
「「!?」」
二人が同時に玄関へと顔を向ける。呼び鈴が鳴ったのだ。
「来た」
百合は表情も一転、嬉しそうに玄関へ走っていく。凛々花は怪しんでその様子をドアの陰から窺った。
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L