おつかれさまです、ユリリカ探偵社
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「へー本当にまともな活動してるみたいだな、さっきの人たち。ところでお姉ちゃん、その格好目立つんだけど」
「凛ちゃんが、借りた衣装洗ってって言うから、洗面所で急いで洗って干してたからでしょ。凛ちゃんが自分だけ着替え終えたらわたしを引っ張ってビルを出て……」
百合は着替えるタイミングを逸していた。衆目のなかをコスプレのまま歩く自分がさすがに恥ずかしい……。
「しょうがないじゃない、早く着替えて出て行きたかったから」
「なんでそんなに離れるのよ、話しづらいでしょ……あと、どうしてあんなことになっていたのか説明して」
距離を取ろうとしている凛々花に、百合は近寄りながら再び詰問する。
それに対して凛々花は素直に説明した。兵頭が残していった採用調査の仕事を一人でしようと思ったこと、そして、その調査中にあのビルに入ってしまい、オーディションを受けることになってしまった経緯の全てを。
「お父さんの言いつけを無視して勝手なまねして……昨晩から様子がおかしかったから本当に凛ちゃんのことが心配だったのよ。それで探しに行ったら涙声で助けてなんて連絡してくるし。すぐ近くまで来ていたから良かったものの、あれで離れていたらもう心配で心配で堪らなかったわよ。いい? 探偵の仕事はしばらく保留。今どうしてもやる必要があるってわけでもないし、わたしも探偵するつもりないんだから」
凛々花は百合の服をくいくいと引っ張って脚をとめる。そして立ち止まった百合の全身をくまなく見ると、冷めた眼で言葉を返した。
「その格好のお姉ちゃんに言われたくないよ。やる気満々に見えるんだけど……」
「こ、これはコスプレでしょ」
「つか、なんでその格好してたの?」
「丁度学校から家に持って帰るときだったし、GPSで凛ちゃん探していたらさっきのビルの中だったからよ。コスプレに着替えたのはさっき言ったとおり」
もうそれ以上訊かれたくないらしく、ぷりぷりと答え、早く家に帰ろうと凛々花を促した。
「…………」
凛々花は一転しおらしくなっている。百合が来てからは元気だったのだが。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、この仕事最後までやりたいから手伝って……途中までやって投げ出したくないし、依頼者さんにも今更引き受けられませんなんて言えないでしょ? お願い」
凛々花の真剣な懇願に、百合は溜息で答える。
「はぁ、仕方ないわね今回だけよ、その代わりもうこんなことしたら許さないから。あと何が残っているの?」
「うぇ!?」
予想外……の賛成だった。
凛々花はきょとんと姉を見つめる。
「ありがとっ……やっぱ最後は頼りになるな、お姉ちゃん……」
凛々花はニコニコと上機嫌になっていく。
「やっぱりお姉ちゃんだよね。なんだかんだ言っても最後は助けてくれるもん。えへへ……」
「あのね、過剰な期待してるとこ悪いけど本当に今回だけよ。ほら、何したいの?」
「えっとね、学歴の確認が残っているの。これってどうするんだっけ?」
「ああ、名簿業者さんね。待って場所調べるから」
百合がスマートフォンで地図を調べ終わると、凛々花が覗き込んだ。
「こっちだね、遅くならないうちに行こっ」
嬉しそうに百合の手を引っ張って駆け出した。
「……え!? 違うわよ、逆方向よそっちは」
「あはは、地図の見方よくわからなくて。さすがお姉ちゃんだねっ!」
凛々花は慌てて踵を廻らし、姉の手を強く握り締めて引っ張った。
名簿業者。
それは各種学校の卒業者名簿や、様々な組織、団体の名簿などを取り揃えた図書館のような場所である。
戦前の資料から最新のものまで揃っており、ビルの1フロアを占めるほど量も膨大だ。
探偵をはじめ、様々な職業の人物がここに情報を求めてやってくる。
百合と凛々花は、岡浦の履歴書に書かれた学歴を確認するために名簿業者を訪れたのである。
受付では、眼鏡をかけたお姉さんがじろりと二人に眼を注いでいた、特に百合には念入りにである。
「あのぅ、お嬢さんたち……ここは探偵ごっこをする場所ではないんですが……」
「わっわっごめんなさい。こんな格好をしてるけど、真面目に調べに来たんです!」
百合の必死の弁解に、なんとか信じてもらって入れてもらった二人。
その後無事に調べ終え、調査を完了出来たのであった。
§
帰宅後、疲労しきった様子の百合はすぐに風呂に入り、湯船にその白い体をゆったりと横たえた。
夕刻以降の疲れが、満たされた熱い湯に溶け出していくようだ。
最高の癒しのひととき。
そして、独りでいるとついつい独り言が洩れてしまう。
「お母さん、凛ちゃんが段々お母さんに似てきてる。もうわたしじゃ面倒見きれないかも……」
湯を手ですくい、顔にぱしゃとかける。
真っ赤な眼から一筋流れるものがあった。
「きょう凛々花の叫びを聞いてから、コスプレに着替えようと決心するまですごく怖かったの。もう逃げ出したいくらい。でも大切な凛ちゃんを放って逃げるわけにはいかないでしょ……コスプレがあってよかった、なかったらわたし行動できていたか……」
風呂を上り、バスタオルを体に巻き付けると、百合は自室へと向かった。火照った体をゆらゆらと運び、ドアをあけたときだった。
「わぁっ!」
何故か部屋に凛々花が居て小さく叫んでいた。そして慌てて百合を振り返った。
「きゃっ……って凛ちゃん? 何してるの?」
「あ、いや、シャロ知らない?」
ベッドの下や机の下を、ひょこひょこと覗きながら姉に尋ねる。
「リビングのソファーで寝てないの?」
「ああ、そ、そうだよね。あははごめんね〜」
そそくさと部屋を出て行く凛々花。
「変な子……?」
百合は小首を傾げた。ふとベッド上のコスプレが視界に入る。手に取って姿見の前で体に合わせた。
自然にこにこと顔が綻んでくる。
「もう一回着てみようかな」
言うが早いか下着をつけ、バスタオルをベッドの上に放り投げるとあっという間にコスプレ姿になっていた。
気をつけの姿勢で姿見の前に立って自分を眺める。と、不意に腰をクイッと横に軽く突き出し、一回まわってみる。なにやらいろいろポーズを取ってみたかと思うと、今度は表情を笑顔にしたり泣き顔にしたり、はたまた頬を膨らませて怒り顔にしたりと忙しい。
「アルセーヌちゃ―――ん!」
鏡に向かって勢いよく手を振ってみる。
「んぐふぅっ!」
顔をおさえながら、後ろに倒れた。好敵手アルセーヌに一撃をくう有名シーンなのだ。
すぐに、ひょこっと起き上がる。
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L