おつかれさまです、ユリリカ探偵社
「脱げって言ったって……はっ! まさかこの人たちは……」
茉莉衣先生がホームルーム時に言っていたことを思い出し、それが引き金となって頭の中に黒い想像がふと駆け巡る。
まさか……。
少女達を言葉巧みに誘い出していかがわしいことをするのは、当たり前のように男たちがすることだと思っていたけど、まさか……。
「勝手な思い込みでこんなことに……相手が男だったら絶対こんな場所でこんなことしないのに……ああ…………」
震える凛々花から、小さくか細い声が洩れ出る。その声が聞き取れなくて、岡浦が凛々花の肩に手を置いた。
「ん? どうしたの? さあ早く」
(先の女性はもしかしたらこの人達にいかがわしいことをされたんじゃないの? 自分もすべて脱がされ、あんなことやこんなことをされるの!? 男に気をつければいいという話ではなく、同性にも注意を払わねばならなかったなんて……)
知らされないことしか知らなくてもよいという浅はかさ、そして未知の危険を察知できない自分の想像力のなさに涙が出てくる。
「あ、あなたたちっ! あたしをどうするつもりなの!? ま、まさか卑猥なことを企んでるんじゃないでしょうね! どうなのっ! いやっ誰かっ!」
声を震わせて叫んだ。
体を誰にも触れさせまいと脚を閉じ腕を寄せる姿は、まるで蕾が震えてるよう……。
岡浦らは突然の凛々花の豹変に、呆気に取られている。
恐怖の感情に支配された凛々花は、ブルマの中に手を入れもぞもぞと動かした。
何をし始めたのか?
岡浦らが見守っていると、凛々花が取り出したのは携帯電話だった。
凛々花は意固地にここまで頑張ってきたが、既に限界であった。そして父が入院中の今、頼れるのは、やはり一人しかいない。
眼に留まらぬ早業で指先を動かす。
「早く出てっ! お願いっ! 留守電にはならないでっ!」
果たして凛々花の願いは届いた。呼び出し音が一回も鳴り終わらぬうちに、もしもしという姉の声が聴こえる。
『なに?……ああ、ちょっと待ってて。ガチャン』
凛々花は唖然とした。姉が妹の話を一言も聞かずにすぐ電話を切ってしまったのである。しかも今はレトロと化した黒電話の受話器を置く擬態語を残して……。
「なんですぐ切るのよっ!」
凛々花は携帯電話に向かって叫び、すぐにかけ直す。
「お姉ちゃん今どこ? 何してるの?」
『だから、待っててって言ってるでしょ』
妹の危機的な状況を全く把握していないかの如く、マイペースに答える百合。
「なんで、あたしがこんな怖い目に遭っているのわからないのっ!」
凛々花は逆ギレして携帯に怒鳴った。
「ちょっとうるさいわよ。叫ばなくたって聞こえるって」
「あれ?」
今度は携帯電話に押し付けている右耳からではなく、左耳から姉の声が聴こえる。それもまるで近くに居るかのように……。
凛々花は声のしたほうを見た。
部屋の入り口に現れたのは、コスプレを着た……姉?
そのコスプレのキャラを意識しているのか、百合は内股気味に小走りに凛々花の近くまでやって来る。百合の高めの身長と容姿だと、少々あざとさが気にならないでもないのだが……。
「凛々花さん、どうしたのですかぁ〜?」
いつもの姉とは明らかに異なるアニメ声。
「……お姉ちゃん……なにそれ……」
「え? ここコスプレ会場でしょ? 入り口に『コスプレ歓迎』って書いてあったからそうしたほうがいいのかなと……?」
きょとんとクエスチョンマークを浮かべた顔の百合を、凛々花は上から下まで眺めた。
シャーロックホームズの衣装として有名なインバネスコートをピンクの生地で可愛くリデザインした服。
そう、それは紛れもなく大人気のアニメ、ピンキーホームズ探偵団の主人公のコスプレだった。
「ちょっと丈が短かったかな〜」
百合は呟きながらスカートの裾を引っ張る。
ブーツは用意しておらず、学校制服のハイソックスにローファーだが、かなりミニな裾から美しく伸びる脚の露な様に、まわりも見惚れている。
生唾を飲み込む音がかすかに聞こえてくる。
一方凛々花はと言うと、ともかく姉が来てくれたことが励みになっていた。
「あっそうよっ! あなたたちは、例の犯罪者でしょっ!」
震える指先で岡浦をはじめとする女たちを指差す。必死に気持ちを奮い立たせようとしているが、言葉とは裏腹に口調も弱弱しいのだが……。
一方岡浦らは戸惑い、何のことかわからぬといった様子だ。
「ん? い、いや、あの、犯罪者って? ただ、そのブルマとニーソを脱いでもらおうかなと思ってだけ――」
「う、うるさーいっ! わかってるんですよっ! あなた達がいま世間を騒がし、いたいけな女子を騙して悪いことをしている犯罪者集団だってことをっ! さっきの女の子だって泣いてたじゃないですか。何したんですか!」
「い、いや、彼女には私たちの審査基準を満たさなかったことを告げただけで――」
「この呉波探偵社が許さないわっわっ……です……」
威勢良く啖呵を切ろうとしているのだが、どうも語尾が弱弱しい。
「……なんの話? 私たちはこの通りモデルのオーディションをやっているだけですよ。ただのタレント発掘サークルなんだけど……探偵ってなに?」
「……え!?」
岡浦らの弁解する物腰は、疑いようもない素直なものに思える。凛々花は困惑した。
「本当にそうなんですか?」
「そうですとも。是非私達の過去の活動も調べてください。ネットに載せてますから」
「……えーと……あ、ごめんなさい。あたし、脱いでって言われて混乱して……」
「もう、失礼しちゃうわ」
岡浦は腕を組んだ。相手が相手ならさらに抗議しようという姿勢が見え隠れするが、どうも相手は中学生らしいし、その姉はコスプレしているしでそれ以上は何も言う気になれない様子である。
場が一段落したと見たか、百合は凛々花を上から下までマジマジと見て話しかけた。
「それよりも凛ちゃん。その格好は何? 最初見たときから言おうと思ってたんだけど、随分と個性的じゃない?」
くく、と笑いをこらえている。
「え? これ? だって、男性受けがいいトップ3はニーソとブルマとスクール水着だってネットに載っていたから、それを全部組み合わせればいいかなーと思って」
「はぁ……残念美人がまさか身内にいたとは……」
大仰に嘆息したかと思うと、キッと凛々花を見据える。
「ところで探偵ってなんの話よ。説明してくれるかしら?」
姉に詰問され、凛々花は、はわはわと両手を胸の前で素早く交差させて振りまくる。
「えっとねっ、えっとねっ……あぅっ!」
いまは調査中だということを思い出したらしく、凛々花は岡浦らに向き直った。
「ごめんなさい、お騒がせしました。あたしたちこれで帰ります。ごめんなさいですっ!」
言うが早いか姉の手を引っ張り、岡浦らのしらけた視線を背中に感じつつロッカー室へと消えていった。
数分後手早く着替えた凛々花と、まだ状況の攫めない百合のビルから出て行く姿があった。
凛々花はスマートフォンで調べものをしている。
『 ―― あなたもアイドルになりませんか ――
これがアイドルデビューへの近道だっ!☆
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L