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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「もうやるしかないかも。お姉ちゃんに従っていたら、あの人のところに身を寄せることになっちゃう。絶対あの人はパパと一緒に居るあたしたちに資金援助なんかする性格じゃないし……パパを置いてなんかいけないよ。お姉ちゃんにはホント失望したよ」
 あの人とは、母のことだった。
 姉に探偵を反対されたあと、姉と母に対する憤激と愛憎、父に対する信頼と懸念、将来への希望と絶望、それらすべてが頭の中を駆け巡って混乱した。
 こんなに混乱したことはなかった。その理由を必死に考えても答えを導くことができない。
 ただ朧げながら、自分が新しい段階に入ってしまったせいかもしれないとは思えた。
 明日の生活への不安。
 今迄それを具体的に考えたことはなかった。明日の生活は全て、父と姉が準備万端用意していてくれたから。
 未来の不確実性。
 凛々花はそれを初めて現実のものとして認識したのかもしれない。
「もおっ! 首から頭引っこ抜いて投げ捨てたいよっ!」
 叫んでから顎のえらのあたりを両手で挟み、ぐっと力を入れて持ち上げてみた。
 グギッ……ポキポキポキポキポキポキ……。
 イヤな音がするとともに、全身から力が抜けていく。
「ぐああああああああ!!」
 しばらく部屋の中でのたうちまわり、疲れて床に寝転がっていたときに導き出されたのは、頑迷さに導かれた打算的結論だった。
 父との生活。
 待ちに待った高校生活。
 現在の生活と予定された将来すべてを失わない為には、自分がここで行動しなければならない。
 その単純化された論理に、姉の意見も、父の意見も、すべて透明化されていく。
 凛々花は立ち上がり、一階の事務所に入ると、過去の採用調査書類を読み漁った。しかし、職歴や思想信条などの欄に書かれた馴染みのない言葉に首を捻り続けた。
 中学生の凛々花にとってわかりやすかったのは、交友関係や近隣の評判に関すること。
『近隣への調査によると、子供の頃から良好な近所づきあいを保っており、本人に対する悪い評判などは聞かれない』
 こんな言葉が書かれているのを見て、ご近所に行って何件か噂を聞き取ってくればいいんだな、と察せられた。
 姉の言った『本人の家の周囲を調べる程度』とは、実際に近所に聞き込みに行くのだろう。
『電話をかける』ことも言っていたが、どの家にどうやってかけるのかは凛々花にはさっぱりわからない。
 凛々花の手元にあるのは、昨晩姉にも見せた兵頭の残務である一件の採用調査。
 調査対象者の履歴書を手に取る。
 二十代の短大卒の女性であり、アルバイトの経験はあるがどこの職場かは書かれておらず、他に職歴は一切無い。
 学歴の確認と近隣への聞き込みだけで済みそうであり、調査の手間は比較的簡単に思われる。
 凛々花は岡浦という名の調査対象者の住所を見ると、決意の表情を浮かべた。
「よしっ、ここだったらそんなに遠くないし行けそう」
 服を着替え、家を飛び出た。
 父に対する後ろめたさが、頭の隅に感じられもする。しかし生活を守ることを考えれば致し方ないのだ。なんとしてもこの仕事をやり遂げ、呉波探偵社の評判を保たてねばならない。
「パパごめんね」
 そう父の机に向かって語りかけ、家を出た。
 調査対象者の自宅はマンションだった。エントランスから先には入れず、どうしようかとさんざん考えていると、近所の商店で聞き込みすることを思いついた。
 そして数件から情報を得たところで、丁度履歴書に貼られた写真と同じ彼女がマンションのエントランスから出てきたのを目撃し、これ幸いとばかり尾行し、このビルの地下室まで来てしまっていたのだった。


 不意にロッカー室の扉が開く。
 入ってきたのはバスローブを纏った女性が一人。どうやらさっき言っていた審査中だった人らしい。
 凛々花は声をかけようとしたが、ただならぬ雰囲気にやめる。
 彼女が肩をかすかに震わせており、目元が涙で光っているように見えたからだった。
 彼女は何も言わず、眼を伏せたまま隅の着替えスペースへ入って行く。着替える音とともに、すすり泣く声がかすかに聞こえる。
(不合格だったのかな……?)
 自分も不合格だったことを考え、緊張からこの場を逃げたくなったときだった。
「次はあなたですよ。準備できてる?」
 岡浦の声に、凛々花は慌てて立ち上がった。
 来た方向とは反対の廊下を抜け、扉を開けると広い空間がある。そこには他に女性二人とビデオカメラを持った女性一人がいた。
 パソコンを操作している女性を見て、凛々花は岡浦に尋ねた。
「これって動画撮って配信したりするんですか?」
「いえ、テスト用に撮影して、あとで私達がチェックするだけよ」
 そう言えばさっき記入した承諾書にそんなことが書かれたいたような気がする。
 室内を見渡すと周りには女性しかいないようで、凛々花の表情から警戒の色がなくなっていく。
「さあ、バスローブを脱いで」
 岡浦の促しに、凛々花は素直にバスローブに手をかけ、ゆっくりと肩からすべらすように脱ぎ始める。
 熱い視線を感じて、凛々花は緊張した。
 バスローブがするりと床にすべて落とされる。
「……??」
 奇妙な空気が漂った。
 先ほどまで熱い視線を送っていた彼女らは力尽きたように虚ろな視線になっている。
 一人は額に手をやって落胆した仕草を見せ、また一人は見てはいけないものを見てしまったかのように視線を逸らしている。
「スクール水着なのはまあいいとして……はぁ……」
 岡浦が溜息をついていた。
 凛々花のチョイス。
 それはまずスクール水着。勿論胸に白い名札も縫い付けてあるものだ――当然名前は書かれていないが。
 これは凛々花が以前から見ていたネットの情報、スクール水着の萌え人気に着眼しての選択である。
 これだけなら、まだ誰しも納得がいこう。だが、そうではなかった。
「なぜその上にブルマ……」
 凛々花はブルマを穿いていた……スクール水着の上から当然のように……。
「しかも、ぶかぶかのかぼちゃパンツみたいだし……」
 これもブルマが萌えとして人気があるという凛々花の事前調査の賜物だ。サイズ違いは単に合うものが無かっただけらしい。
 これだけではなかった。更にその下にも身に付けていたものがある。
「ニーソ……スクール水着にニーソックスだけならまだ需要ありそうだが……ともかくいったいどういう選択基準なの……これは萌えなのっ!?」
 岡浦が悩んでいる。
(ニーソ人気あるでしょ? 男女共に。何で? スクール水着とブルマとニーソックスが萌えの最重要アイテムのはずなのに。組み合わせればトリプルで最高じゃないの???)
 凛々花は内心で反論していた。
「うーん、前の子と違って、スタイルは抜群なんだけど、ファッションセンスがなあ。とりあえず、ブルマ脱いでくれる?」
 岡浦がブルマを指差し要求してくる。
「え……そんな……」
 カメラを持った女性が一歩前に出た。
 凛々花は恥じらい、そして躊躇ったが、そうすればするほど皆が舐めるように近づいてくるように思える。
「大丈夫よ、さあ自信を持って脱いで」
 優しい言い方だ。だが、凛々花はその話し方に何か艶っぽいものを感じた。