おつかれさまです、ユリリカ探偵社
「いやいや、その前に現代的な過程をもっと入れようよ! 積極的なのか消極的なのかわからないけど……いや、よく考えれば古風なのってもしかしたら現代よりも積極的なところもあるよね。つか何でお嫁さん?」
三人は駅へと向かって歩いていた。角を曲がると交通量の比較的多い道路がある。車がスムーズに流れていく道路に沿った歩道を、三人は歩き続けている。
走り去っていく普通車サイズのバンを眼で追いながら、梢は真面目な顔になった。
「去年、父と母が乗った車が追突されたあとのことなんですが――」
「ああ、年末の事故の? 奇跡的に軽い怪我だけですんだんだよね?」
「ええ、年末で忙しかったので、両親が丁度あんな車にケーキを積んで支店に行く途中だったんです。事故後にトラックに押し潰された車を見たら、凄く潰れていて、とても父の骨折だけだったなんて信じられなくて……」
「え? そんなに凄かったの?」
「はい。つい最近迄は人に話す余裕なかったんですが、不思議ですね、時間が経つと自然と頭の中で整理されるのか、話せる余裕ができるんですよね」
百合は相槌が打てなかった。打たなければいけない気がしたが、それだけの同情が自分に出来ているとは思えなかったのだ。
「それで今迄両親が死んでしまったときのことなんか考えたことなかったんですけど、そのとき初めてどうしようと考えて。もう絶対生きていけない、大切な父と母がいない世の中なんて考えられないって……そのとき思ったのが、いつかは、そう遅かれ早かれ父も、そして母も死んでしまうってことでした。そうしたら兄弟がいなくて一人っ子の梢はどうしたらいいのって。生きるって言っても独りでどうやって生きてくのって」
百合もひばりも静かに耳を傾けるなか、梢は続ける。
「そもそも生きてるって何? もしかしたら、両親が見守ってくれていたから、梢は生きている実感があったのかなって。もし誰も見守ってくれなくなったらわたくし自暴自棄になってしまうかもって。そんなことを考えていたら、父が言ったんです。『今回のことでパパも考えたよ。たまたま助かったけど、いつパパとママが死んでもおかしくないってことがよくわかった。だから梢は早く結婚して、高校生の間でもいいから自分の家族を持ちなさい。そうすればパパとママが死んだって自分の居場所があるんだから』」
「結婚!? 高校生のうちに?」
静かに思い巡らすように聞いていた百合が、素早く梢を向いて言った。恋愛を人並みに経験しているかどうか怪しい百合には、高校在学中の結婚なんて異次元の話なのだろう。
「梢もそう言ったんです。そうしたら、『鬼も十八というのに、今結婚しないでどうする。鬼でなくこんなに可愛い梢なら尚更磨きがかかっている最高に可愛い年頃なんだ。この一番輝いているときこそ一番素適な旦那さんを見つけられる。今から探しても旦那さんなんてすぐ見つかるものじゃない。やっと見つかって十八、九くらいだろう。だから、今すぐにでも真剣に探さなければ駄目だ』って。そう言われて梢は考えたんです。早く素敵な人と一緒になって家庭を築きたいって。だから高校生活はお相手を探すことに集中することにしたんですっ!」
「婚活女子高生かっ!」
「はいっ!」
ひばりの突っ込みにも動じない。谷田部の話題は恥ずかしくても、婚活についてはまったく恥ずかしくないらしい。
「なんか凄い……」
ひとり百合は、論理を超えたところで納得をしてしまっている。
「でもさ、なんで谷田部なの?」
一方、ひばりの追究は続く。
「この前遅刻しそうなとき、もう少しで校門というところで転んでしまい足を挫いたんです。もう歩けなくて困っていたときに、彼が停まってくれて、後ろに乗る?って訊かれたけどヘルメットないから、校門まで負ぶってくれたんです。そして、ここからならヘルメットなくても大丈夫だからと後ろ乗せてくれて、危ないからって自分のヘルメットとプロテクターまで貸してくれて。それで落ちないようにしっかりつかまれって言われて、梢、ギュッと彼を後ろから抱きしめていたら、こう、広い背中がとても頼もしくてわたくし……そのあと『梢が後ろに乗ってくれてすごい楽しかったわ、ありがとうな』って言ってくれたんです。それはもう顔に喜びをいっぱいに表して。それにパパがもう運転怖いって言ってるから旦那さんは運転が上手な人が良いなって考えてもいたし……」
頬を桜色に染めて、もうそれ以上会話できる雰囲気ではない。
ひばりと百合は梢の胸を見て、あー納得、と同時に頷いた。
「味をしめたなアイツ」
「そのようね……」
二人の関係を応援してもいいと思っていたひばりだが、梢の話と先ほどからの谷田部の様子からするに、どうも俄かには純粋な気持ちで応援する気にはなれなくなったようだ。
いやどちらかといえば、百合を誘った谷田部のスケベさを考えると反対したくさえなる。
だが眼の前の可愛らしい梢を見ていると、その清純さ溢れる一生懸命な気持ちを応援したい気持ちも募ってくるのだ。
それは百合も同じらしい。
「これは応援するべきか迷うな……」
「そうね……」
二人の反応が不思議で仕方ない梢が小首をかしげると、その豊かな胸が振るえた。
フォオオオオ――――ン!!
そのときだった。遥か後方から響き渡ってきたエンジン音に、三人は振り返った。
見えたのは、真っ赤なスポーツバイク。
梢はすぐに気付いた。
「谷田部クンっだわ!」
煌くばかりの梢の表情。ついさっき迷ったばかりだが、やはりというべきか、ひばりはついついアドバイスしてしまう。
「ほらアピールも大切だよ。男ってね、揺れるものに眼が惹かれるらしいよ。手振って」
ひばりは梢を促し、自分でも手を振った。
梢は恥ずかしそうに手を挙げて振る。
しかし、谷田部は気付かないようだ。
「うーん、やっぱり揺れるものって言ったらこっちかな」
そう言ってとったひばりの行動を、百合は思わず眼で追った。
梢の下半身に素早く伸びるひばりの手。そしてその手はそのままスカートの裾をちらとたくし上げるように揺らした。
普段スカートに隠れて見えない乳白色の肌が一瞬露になる。
赤白のフルフェイスのヘルメット。その奥の双眸が三人の方を向いているのかどうかはスモークシールドのせいでよくわからない。
だが同時に、いたずらな、実にいたずらな風が彼を振り向かせんと吹いた。
巻き上がるように吹いた風が三人のスカートを揺らす。それは、その内側が見えるようで見えない微妙な加減。
最早、一高校生男子がこの瞬間を見逃すはずがない。
ヘルメットはあきらかに三人を向いた。間違いなく彼女らに気を取られている。
スモークシールドの奥の双眸は、スカートのはためき具合を逐一追っているに違いない。
そう、そのあとに待ち受けている素晴らしい瞬間を確信しているかのように。
バイクがスピードを落とさず、そのまま彼女らを追い越していくときだった……。
キイイイィィィイイイイイイイィィィィイイイイイ―――――!!!
タイヤが路面を擦り付ける音。それも凄まじく高い音が響き渡った。
「キャアアアアアーッ!!」
「うおっ! あぶないっ!」
作品名:おつかれさまです、ユリリカ探偵社 作家名:新川 L