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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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 そのとき、背後から声がした。振り向くとクラスメイトの富士見坂梢(ふじみざかこずえ)が小走りしてくる。
 梢は二人に追いつくとひばりの隣に肩を並べた。
 ふんわりとした甘い匂いが百合とひばりの鼻をくすぐる。
 梢の実家はオシャレなケーキ屋さんを数店舗経営しているせいだろうか。彼女はいつも作りたての生クリームにも似た、自然と笑顔になってしまう爽やかな甘い匂いがするのだ。
「はぁはぁ……待ってくださあい。一緒に帰りましょう」
「うん、いいよ〜」
 既に来るのを予期していたように快諾するひばりを、百合は不思議そうに眺めている。
「あの、さっきは何を……あっ、いえ、やっぱり何でもありません……」
 梢は言い淀んだあとに、何故か気まずそうに押し黙っている。そして無意識のうちに甘酸っぱい溜息を「はあ……」と小さくついた。
 白い息が風に吹き流されていく。
「今日はちょっと風強いなー。ねえ、今日完成した服、授業の発表会の前に、誰かの家に集まって見せっこしない?」
 気を遣ったのか、話題を変えたひばりに、百合は乗り気だ。
「いいわねー。ひばりの服ステキだったもんね」
「百合のはいつも通りだよね」
「うん、わたしはコスプレしか思いつかなくて。でも今回のはピンクですっごい可愛いよ」
「あはは、アニメ好きが昂じて百合はコスプレに留まらず声優まで志すようになったからなあ」
「ええ!? 百合さん声優になりたいんですか? もしかしてこの前の進路調査の紙にもそう書いたんですか?」
 気まずそうだった梢が突然口を開いた。興味のある話題だったのだろう、背の高い百合に向かって背伸びして訊いてくる。
「う、うん一応ね」
 恥ずかしげに答えた百合に、梢は眼を綺羅綺羅と輝かせた。
「素適です! 梢と時々アニメのお話ししてくださるけど、そこまで好きだったんですねっ! 凄く合ってると思いますよ、百合さんの声とても綺麗ですもの」
「でも妹に才能ないみたいなこと言われて」
「へー、妹さん意外と厳しいー。どう才能ないっていうのよ」
 凛々花と面識のあるひばりが口を挟んだ。
「え……他人の気持ちをわからろうとしないって妹に言われて……人の気持ちが分からない、冷徹な人間には演技なんかできないって。昨日も一昨日もね――」
 百合がこれまでの妹とのやり取りを二人に簡単に説明すると、ひばりも梢も納得しかねるとばかり首を横に振る。
「べつに冷徹じゃないよね。まあ落ち着いているところはあるけどさ。クールキャラとかいいんじゃない?」
 梢も百合をフォローせずにはいられない。
「百合さんは極端に誰かの味方になるということがないから、そう受け取られてしまうのかも……でも分け隔てしないというだけで、決して冷徹じゃないですよね。百合さんってアニメは何でも好きじゃないですか。実は梢も声優って仕事いいなと思ったことあるんです。でも、好き嫌いが激しくて絶対無理だと思ってあっさり諦めました。だって嫌いなアニメだと絶対見るのもイヤなのに、ましてや仕事として絶対関わりたくありませんもの。でも声優として生きていくにはそんなこと言っていられないですよね。だから、声優さんには百合さんみたいな素養というか性格が必要だと思います」
「ああ、百合って好き嫌い少ないかもね。それか……八方美人?」
「それだと薄くて表層的な悪いイメージがありますが、百合さんは違います。もっとこう、慈愛……?じゃないですね、よくわかりませんが強いて言えば博愛的な感じがします。博愛って人にはなかなかできない素晴らしい素養ではないでしょうか。どんなアニメでも選り好みしないで楽しんで演じられる。そんな声優さんは梢大好きですし応援したいです!」
 やや小柄な体から熱意を溢れさせる梢。そんな状況でもおしとやかさを感じさせるのは、小規模ながらも、製菓会社のお嬢様ゆえだろうか。
 編み込みカチューシャで小奇麗にまとめている彼女のヘアスタイルを、今日も可愛いなと眼を留めながら百合は微笑んだ。
「ありがとう。でもわたしも少し思うところあるの。もしかしたら感受性、というか感性が鈍いのかなって。だから声優さんに惹かれるのは、彼らが感性豊かに演技しているからで、見ているわたしまでもが触発されて感性が膨らむ感じがするからなのかなって」
「感性かあ。もしかして百合って不感症なの?」
「違うわよ」
「じゃ、試させてよ」
 すかさず触ろうとするひばり。
「そっちは今はいい」
「今は!?」
 どういう意味なのかと、どぎまぎして考察しているひばりを梢が非難する。
「ひばりさんエッチです」
「梢は貞淑すぎだな〜。だから好きな男に声一つかけられないんだよ」
 エッチとはっきり言われて、ひばりは悪ふざけでやり返したくなったようだ。
 そして、ひばりの頭の中にあるのは、ついさっき梢が言い淀んだ理由である。
「な、なに? 何のこと言ってるのかわかりません」
「だって梢はさ、今度のクラス替えで危機感とか感じてるんじゃないの?」
「そ、それは……」
 もごもごと口篭もる梢に、ひばりは悪戯な笑みで追い討ちをかける。おそらく、いやきっと弓道場で的を転がして射っていたときもこんな表情だったに違いない。
「最近の誰かさんさ、話しかけたくて仕方ないけど、どうすればいいかわからなさそうなんだよねー。確かにクラス分かれちゃったら毎日顔見られなくなっちゃうし、今しかないんだよねえー」
「え、えと……」
「あのね、話しかける切っ掛けを作るには、相手のことをよく知ることだよ。その話題から徐々に広げていけばいいんだから。なんなら我々が情報を提供することも惜しまないでもないが」
「何物よ、あんた」
 百合が突っ込む隣で、梢が眦を決していた。そんな様子も可愛らしいのはやはりお嬢様ゆえだろうか。
「あ、あのっ! さっき谷田部クンっと何を話していたんですか?」
「案外攻略たやすっ!? ってね、うんバイクの話だよ。後ろ乗らないかって百合が誘われて」
「ええっ! 百合さんが」
 梢はわかりやすい少女なのだろうか。いまも実にわかりやすい困り眉になっている。
 しかし何という美しく描かれた八の字だろうか。嘘をつけない彼女の純な性格が顕れているのだろう、と梢の眉を見て百合は思う。
「大丈夫、断ったから。わたしバイクの後ろとか危険なことするの苦手で。梢さん……もしかして、彼のことが気になる……とか?」
「だって……格好よくないですか?」
 ひばりが、あっ!と何かを思い出したらしく手をぽんと叩いた。
「もしかしてこの前の進路調査でお嫁さんになりたいって書いたの、あれ本気だったとか?」
「ええ、そうですよ」
 先程まで恥ずかしそうにしていたのに、急に堂々と話す梢にひばりは眼を見張った。
「で、その相手が谷田部?」
「え、ええ、実は……谷田部クンっにお付き合いを申し込みたいと……できれば結婚前提で……」
 再び恥ずかしげになり、耳まで真っ赤にしながらの突然の告白に、さすがの百合も眼を見張らざるをえない。
「それは、何というか……古風で素適ね」