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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「い、いや、ほら、生の現場で人に接することでしか得られないものとか……、あ、そうだ! 実際社会生活を送っている人の人生を知ることで、演技に幅も出るんじゃないの? そうだよ、人を知らない声優の演技に誰が感動すると思う? お姉ちゃんは様々な役を演じられるほど人を知ってるの? この前、『アニメしか見ない声優の演技は恐ろしいまでに凡庸で耳を傾ける価値がない』って有名な文化人類学者が言ってたよ」
 何故かアニメ評論家ではなく、とっさに思い浮かんだ文化人類学者という単語を使い、凛々花は自信ありげに百合を見据えた。
「ぐ……」
 百合は言葉に詰まり、考え込んでいる。
「た、確かにいろんな人を演じられるほど人を知っているわけじゃないけど……」
 不穏な空気を読み取ってか、シャロがご主人様を宥めようと尻尾を下げて凛々花に寄ってくる。しかし凛々花は相手にする余裕なく話し続ける。
「そうでしょ? だからやろうよ。採用調査やれば人を知ることができるよ」
 もう一押しでうまくいくだろうか。
 そう考える凛々花の眼は希望に満ち、ジト眼が少しずつ開きかけている。
 昔と同じ鈴を張ったような可愛い眼に戻りかけてる?
 百合は凛々花の眼を見ながら一瞬思ったが、いまはそれよりも拒否するほうが重要だった。
「で、でも無理無理。いやよ、こんな仕事」
 再び見ると、いつものジト眼に戻っていた。
 そして凛々花の表情が曇ったのを見て、百合は自分の言葉を瞬間的に後悔していた。
「いま『こんな』仕事って言ったよね。やっぱりあたしとパパ捨てるつもりなんだ」
「だから違うわよ。それとこれとは話が別でしょ」
 シャロが今度は百合の傍に寄ってきた。百合は優しく抱きあげるとシャロが百合の口元を舐めようとする。
 そんなシャロに凛々花は嫉妬した。自分が相手にしなかったせいなのだが……。
「何よ! 昨日はシャロ食べちゃって。あたしにも言った食べちゃいたいくらい、って何だったのよ? 愛情表現じゃなくて単に自分の欲望に走っただけなの?」
「え? なんの話?」
「お……ぼえてないの?」
「何を?」
「昔あたしを食べようと『はむっ』としたことだよ!」
「ごめん、何を言っているのか……」
「本当に憶えてないのっ? 幼稚園のときだよっ!」
「ごめん、そんなの……全然記憶ない……」
 頭が重い、そして鈍く痛む。
 百合は頭を支えようと手をそえ、思い出そうと努めたが何も思い出せない。
 凛々花の顔は怒りで赤くなった。歯の噛み合うぎりぎりという音が聞こえてきそうなほどに。
「やっぱり簡単に忘れるほど愛情も何もないんだ……だから、あたしが制服着られなくたって! お父さんが倒れたって! 家族が崩壊したって! どうなったって!いいんだね!……もう……もう……もういいよ!!」
 矢のように部屋を駆け抜けた凛々花を、百合はただ見送る。
 そして昨晩同様に、天井からどすっという音が響く。
 今頃ベッドに身を投げ出して泣いているに違いない。
 百合は見上げながら思った。
「わたしにどうしろって言うのよ……ねえシャロ……」
 朝にはまた凛々花の機嫌は直っているに違いない。今迄とまったく同じように。
 百合はそう思いながらも、シャロが「うう……」と苦しそうに呻くのもお構いなしに、めいっぱい抱き締め続けずにはいられなかった。

    §

 巴ひばりと呉波百合が昇降口で靴を履き替えたときだった。
「あれ? 今日は二人で帰るのか」
 聞き覚えのある男子の声に振り返ると、クラスメイトの谷田部が意外なという顔で突っ立っている。
「巴、部活は?」
「ああ……」
 ひばりは谷田部の質問に頭の後ろをぽりぽりと掻いて、ばつが悪そうにしている。
「部活でちょっとやらかして今出禁」
 ぷいと背中を向けて、それ以上答えたくなさそうである。
「ん?」
 谷田部のよくわからんという顔に百合が代わって答えた。
「先生に絞られたからちょっとへこんでるのよね」
「あの程度でへこまないわっ! 動く標的を射抜けるかってんで、友達と的を転がして射ってたら先生に見つかって怒られたってだけ」
「前代未聞だからって二週間弓道場に出禁になっちゃったのよ」
「型に嵌まった頭の堅い先生なんだよ、まったく」
「なんだそうか、巴らしいなハハ」
 快活に笑った谷田部は、ぱっと見はイケメンに見えなくもない好青年だ。射し込む夕陽に、歯が白く輝く様はなかなか爽やかである。
 三人並んで歩きながら校舎を出たところで、谷田部が突然立ち止まる。そして、何やら百合を向いて意を決した顔つきになった。
「あ、あのさ、俺新車買ったんだ。呉波、タンデムどう? 今までみたいな原付じゃないから後ろ乗れるぜ」
 つい先程まで爽やかだったのが嘘のように、急にニヤニヤとしたいやらしい雰囲気が漂っている。
「あれ? 谷田部ってまだ免許取って一年経ってないんじゃないの?」
 ひばりが間に割って入った。
「だから駐車場とかでさ」
「つか、なんで百合なの? 誘う人違うでしょ」
 腰に手を当ててひばりが詰問した。何やら後ろが気になるようで、校舎の角あたりをちらちらと見ながらであった。
「巴……誘って欲しかったのか……? とても男の後ろに乗るようなタマじゃないと思ってたんだが」
 信じがたい、という疑念が谷田部の顔にありありと浮かんでいる。
「あたしじゃないよ!」
「まあ仕方ないから巴でもいいけど……男がバイクの後ろに乗っけたいのは……あ、いや……」
 つい口走ってしまっていた。谷田部はもごもごと語尾を濁して誤魔化している。
「仕方ないってコラッ! つか、乗っけたいのは何よ」
「何でもねーよ」
 そのときひばりは見逃さなかった。谷田部の視線が、百合とひばりの胸をちらちらと見比べたことを。
「ふーん、そういうことか……って失礼だなおいっ! 行こっ百合っ!」
 ひばりの傍らにいた百合は、何も気がつかなかったようだ。
「ははは、ごめんねー谷田部くん。わたし危険なことするのは苦手だから」
「うお……マジかよ呉波……」
 返す言葉に詰まった谷田部を尻目に、ひばりは百合の手を引っ張っていく。
「どうしたのひばり、怒ってるの?」
「ううう……失礼だわアイツっ! 百合とタンデムしたがってたのってね、絶対おっぱいだよおっぱい」
「え? 何それ?」
「二人乗りするとおっぱい当たるでしょ。それが目的なんだよ」
「えー? わからないでしょそんなの」
「絶対そうだって。さっきだって『二人か?』って残念そうな顔してたでしょ。あたしと帰らないときは百合独りで帰るからそれ狙ってたんだよ――しっかし、谷田部金あるなあー! 登校のとき見たけど、結構カッコウいいバイク乗ってたよ」
「ああ、多分、アルバイト頑張ってるんだと思う」
「んーなにそれー?」
「ピザ屋さんで配達のアルバイトしてるのよ彼。この前うちに届けてきたのも彼で、それが2回目。呼び鈴鳴って玄関に出たら、『おまえめっちゃ嬉しそうな顔してるな』って凄い笑われて」
「ああー、百合のピザを前にしたときの顔かぁ。目尻の下がり方が半端ないもんね」
「そ、そうかしら」
「呉波さーん! 巴さーん!」