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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「ねえ、もしパパの状態がよくなかったらあたしたちどうなるかな?」
 医師から説明を受けて以来心配で仕方なかったのだ。
「どうなるって何が?」
 そう答えた百合も決して平静ではない。自分の考えを整理できてもいないのに、妹に訊かれて満足に考えられやしない。
「例えば……今の学校に通い続けられる?」
 凛々花は視線を落とした。自分のスカートと姉のスカートが視界に入ってくる。まさかこの制服を着られないのでは、と不安に襲われているように見える。
「……それは……万一のときは授業料の支援制度だってあるし」
「それ以前の話。そもそも生活自体が成り立たなかったら、学校に行くことすらできないよね?」
「まあそれはそうかもしれないけど、そこまで生活が破綻したらもう仕方ないというか――」
「お姉ちゃんはいいよね、一年間通えたんだから。あたしはその制服に一度も袖通してないんだよ」
「凛ちゃん何が言いたいの?」
「わかってるでしょ。探偵の話、考え変わらない?」
 凛々花の頭には父の言葉が思い浮かぶ。
『決して独りでは行動しないこと。これは呉波探偵社の探偵として働く上での社長命令だ。凛々花はまだ危なっかしいし、百合がきちんと面倒を見る限りにおいてしてもいいということにしよう』
 この言いつけを守りたい凛々花は、やはり百合の協力を仰ぎたいのだ。
「うーん――」
「入院費だってかかるじゃん。お金あるの?」
「しばらくは貯金で何とかするしか……」
 凛々花は鋭い視線を百合に突き刺す。
「やっぱりママに頼るつもりなのね……本当はお姉ちゃんはあたしたちのことなんか心配してないんでしょ。あたしたちを裏切ってあのひとのところに逃げるつもりなのね」
「そ、そうじゃないわよ」
「じゃ、探偵やろうよ。それが論より証拠になるんだよ」
 駆け引きなのだ。これは、これ以上欠けてはいけない自分の家族を守るための駆け引きなのだ。
 冷たい汗が凛々花のこめかみを伝った。
 勝利はもうすぐかもしれない。凛々花の口元が少し緩む。
「しようよって言ったって、仕事はある? 営業からなんて言ったら、それこそ学生のわたし達には大変だし、やってる時間だってないわよ」
 百合が諭す。
「それがあるのっ! 簡単だからっ! 家に帰ったら説明するっ!」
 必死な凛々花を、百合は当惑して見つめた。


 帰宅後、凛々花は百合の手を引っ張って事務室に連れ込んだ。百合の腰がひけているのもお構い無しである。
「ほら、これだよっ!」
 それは兵頭が昨日置いていった一通の郵便物だった。封は既に切ってある。
 中身を取り出すと履歴書と職務経歴書のコピー、そして差出人である企業の人事担当者による一枚の紙。
 それには『いつも通りお願いします』的な用件が書かれているだけだ。
「これ採用調査だって」
 凛々花はパソコンの電源を入れ、「んーと」と一つのファイルを開いた。
 以前行われた採用調査の報告書のようだ。
 百合が液晶画面を覗き込むと、ある男性の調査結果がいくつかの項目に分かれて書かれている。
 百合はいくつかの項目にざっと眼を走らせてみた。

【履歴書および職務経歴書記載内容の確認】
 最終学歴である大学の卒業生であることを確認。
 また職歴であるA社については、本人記載どおりの期間勤務していたことをA社から確認。勤務態度も良好でありトラブルもなく、一身上の都合により退職したとのこと。
 B社については、個人情報につき答えられないとして勤務実績の確認は取れなかった。

【家族構成】
 両親と同居。
 他に姉がいるが既に嫁いでおり、時折二歳の娘を連れて帰省するとのこと。

【交友関係】
 特に問題ある交友関係は確認されない。

【性格素行】
 近隣では常識あるオタクとして認識されており、普段明るい性格として知られ、挨拶も積極的にするなど、近隣住民の評判はすこぶる良い。
 日常の服装も華美ではなく常識的であり、過去から現在に至るまで問題ある行動は確認されていない。
 若年時は大人しい少年という印象があったとのこと。

【健康状態】
 特に注目される病歴などは確認されない。

【思想信条】
 オタクとして誇りを持っており、近隣によるとオタクとしての地位向上を目指しているのではないかということである。
 政治的および宗教的行動は確認されていない。

【その他特記事項】
 特になし。

 他の項目を入れてもA4用紙で二枚程度の報告書である。
「ね? どうお姉ちゃん。この程度の報告書でいいみたいだよ。面白そうだよね」
「……なんかオタクが強調されているひとね。いいひとみたいだからいいけど」
「お姉ちゃんこういうの見たことないんだっけ?」
「ちらっとなら一つや二つ見たことあるけど……一番安い調査だから、報告書もとても簡単でいいらしいわ」
 頷いたものの百合は興味がなさそうに答えた。
「そうなんだー。これなら調査するのそんなに難しくなさそうだよね」
 そう言う凛々花の表情は実に楽観的だ。
「でも、凛ちゃんどうやって調べるか知ってるの?」
「知らない。どうやるんだろう……?」
 お尻をぽりぽりと掻きながら平然と悪びれもしないで答える。
「何も知らないでやるつもりだったの? 履歴書などの内容は、名簿専門業者のところに行って調べるみたいよ。あとそれ以外は、基本的に本人の家の周囲を調べる程度で終わらせるって聞いたことがあるわ。お父さんの話だと電話だけで調べて、月数十万も採用調査だけで稼ぐ人とかいるんだって」
 ほへーと鼻をほじりながら、凛々花が感心している。
「なんでそんなの知ってるの?」
「勧学院の雀よ」
「侃諤の雀? ああ、雀の忌憚ないお喋りってことね」
 先週の授業で、侃々諤々の意味を憶えた凛々花が自信たっぷりに言った。
「なにげにそれ、小さい雀が愛らしく会話している状況が思い浮かんで興味あるけど違うわよ。勧学院の雀は蒙求を囀る。つまり門前の小僧と同じ。高校生になってお父さんに家計任せられるようになってから、必要上事務所に時々出入りしてるから。凛ちゃんはまだ仕事場で邪魔になるからって入れてもらえないから知らないでしょうけど」
「なんだ、じゃそんなに知ってるならお姉ちゃん出来るんじゃない?」
「だからいやよ」
「高等部はアルバイトOKなんでしょ?」
「だからいやだって」
 素気無い返事に、凛々花は一瞬躊躇する。
 手ごわい奴。
 ごくりと唾を飲み込む凛々花の表情にかつてない真剣さと緊張が満ちる。
「あ、ああああああ、あのさ、声優に必要な要素ってこういうのじゃない?」
「え?」
 ぴくッと反応した百合。
 光明が遥か遠くに見えるっ!? いや近くに!?
 凛々花は手を力強くギュッと握り締めた。
「ほ、ほら、最近アドリブが要求されるアニメとかあるし、生配信とかでも結構アドリブ要求されるじゃん。色々人から聞きだすことしてるとアドリブ力鍛えられそうじゃない?」
「アドリブ力つけるためにわざわざ探偵の現場に出て行かなくたっていいでしょ。そんなことしなくたって向上できるわよ」