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おつかれさまです、ユリリカ探偵社

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「あの日はとても蒸し蒸しした熱帯夜だったな。通りがかる車とか、近所の家の様子とか、なかなかいいタイミングがつかめなくて、蚊に沢山刺されながら待機していて、やっといけそうだと思って慎重に車の下に潜り込んで取り外したんだよ。ん?なんか変だと思いながらその場を離れて明るいところで見てみたら、壊された発信機に紙が貼ってあったんだ。『俺にこんなことが通用すると思っているのか。自分の身の周りに気をつけるんだな』ってね」
「ええっ! それでどうなったの?」
 凛々花は興味津津なのだろう、眼を少し見開き身を乗り出した。
「まあ、そのあとは特に何もなかったよ。それに何かあったとしても父さんなら問題ない。でも、そのとき一番心配だったのはお母さんと、そして何よりも百合のことだよ。生まれたばかりの我が娘を決して危険な目に遭わせてはいけないって、そのとき誓ったんだ」
「ハッ……!」
 突然の奇妙な声に、沙直と凛々花は百合を振り返った。
 見れば百合は脅えた眼つきになり、両手を口元へ寄せている。顔からは血の気が失せ、指の隙間から白くなった唇の震える様子が見える。
「すまん百合。脅かしてしまったかな」
「ううん、何でもない……」
 百合はすぐに手を下ろし普段の様子に戻っている。
「パパ、あたしは? あたしのこと心配じゃなかったの?」
 沙直の話しに自分の存在感がなかったからだろう、凛々花がムキになって尋ねていた。
「あはは、百合と凛々花は一年十ヶ月違うから、えーと、まだ……おなかの中にもいなかったかな……?」
 思い出そうとして上を向いている沙直は、突如口元を綻ばせた。凛々花の見ている前で、みるみるうちに満面ニタニタ顔になっていく。
「やらしいパパっ! なに変なこと思い出そうとしてるのっ!」
「いやいや違うよ――ふふ凛もオトナになったなあ」
 からかわれた凛々花はぷんぷんと頬を膨らませている。
「というわけで、そういう危険な目に遭うことだってあるんだよ。残念ながら世の中には悪い人間は一定数いる、とても低い割合だけれど。だから、街を歩く機会が多ければそれだけ予想もしない人物に出会ってトラブルに巻き込まれたりするのさ。同じ街を歩き回る仕事でも、例えば外回りの営業職は売れそうな人をターゲットにして、その人たちだけ接触するからやっぱり探偵に比べれば安全だね。探偵の仕事は信用調査が多くて、ターゲットは怪しいからこそ調査されるんだから。そういったことをよく理解したうえで、やるかやらないか決めてくれ」
「パパ、それやってもいいってこと?」
「父さんの気持ちも考えてもらいたいな。どこの親が、子供に危険な仕事をして欲しいと願ってる? 探偵はただただ現実を突きつけられるだけの世界だ。この社会の陰に潜む見苦しい現実、醜悪な人間の表裏、なにもかもが自分に突きつけられる。だから自分達でよく決めなさい。ただし条件がある。決して独りでは行動しないこと。これは呉波探偵社の探偵として働く上での社長命令だ。凛々花はまだ危なっかしいし、百合が許可しきちんと面倒を見られる範囲内の仕事のみしてもいいということにしよう」
「お姉ちゃん、よろしく〜」
「それじゃわたしの責任重大じゃない」
 憮然とした百合は口元を引き締め抗議の構えだ。
「すまんな、何分この状態だから百合が判断してくれ。それかお母さんに連絡してくれないか」
「ママはいやよ」
 母親の話題が出るとすぐ凛々花が駄々をこねる。
「相変わらずだな。だから百合頼む。ああ、いろいろ持ってきてくれてありがとうな。それよりまだ気持ち悪いから寝たいんだ。最近酷く疲れやすいし、いまもこの程度喋っただけで、もうくたくただ。だから二人はもう帰って勉強でもしなさい」
 ちょうどそこへ、容態を見に来た医師が入って来た。
「あ、先生。もしお時間あるようでしたら、娘達にさっきわたしが説明受けたことを再度説明していただけるでしょうか」
 疲れてきたらしく、沙直はたどたどしく依頼すると、青痣のくっきり残っている左目をおさえた。
「まだ眼も痛くて……すみません、先生お願いします」
 どっとベッドに横になり静かに深呼吸を繰り返す沙直を一瞥すると、昨日と同じ医師は二人に向いた。
「ここでは他の患者さんも居るので、診察室のほうで」
 ついてくるようにと合図をされ、診察室に案内されると、百合と凛々花は緊張した面持ちでちょこんと椅子に座った。
「顔色が良くないし、本人が疲れやすいということで血液検査と尿検査をしたんですが、肝臓と腎臓の疾患ですね。精密検査をしないと詳しいことはわかりませんが、入院が必要で、いまのところ数ヶ月は必要ではないかということしかわかりません」
「数ヶ月の入院!?」
 百合と凛々花はすっかり真剣な面持ちになっている。
「ただ、治癒できるので、お父さんが治療に協力的であるならば、最短で三ヶ月ほどで済みますよ。たとえば、隠れてお酒を呑むとか、そういったことをしなければね」
「とりあえずお酒を呑まなければ治るんですね」
 長期入院にはならないで欲しいと願いながら百合は尋ねた。
「呑まないで――」
 医師は念押しで強く発音したあと、深く息を吸い込み静かに続ける。
「――治療に専念すればの話です。とにかくお酒を呑まないことです。お父さんには勿論既に伝えてありますが、身内のかたにお願いしたいのは、入院中にお父さんが呑まないようによく気をつけて欲しいからです。なかなかお酒好きな人はやめられないのでね」
 医師がちらと見遣った机の隅の本の裏に、ウィスキーの瓶らしきものがあるのを百合は見逃さなかった。
 医師が手に持っていたカルテを机の上に置く。話は終わりらしい。二人は席を立って扉に手をかけた。
「ああそうだ」
 医師の言葉に振り返ると、彼は思い出したというように言葉を付け足した。
「二時間前ですけど、お父さんが配属されたばかりの何も知らない新人看護師をわざわざ探して、お世話になった先生にお礼がしたいからとお酒を買いに行かせましてね。うちの看護師もカップ酒を何の疑いもなく買ってきたのも悪いんですが、それを病室で呑む直前だったんですよ。本人は迎え酒だと。通りがかった看護師長が気付いたからよかったんですが、もう少しで病室で飲酒するところでした。お嬢さんたちからもお父さんに言い聞かせてくれませんか。まあ私も患者さんのこと言えるほどアルコールのケジメがあるわけじゃないんですけどね」
 うむうむとまるで共感しているように頷いている医師の話を聞くや、凛々花は小走りに廊下を戻っていく。
「わかりました。あ、し、失礼しました」
 百合は会釈をしてから扉を閉め、父の病室へと戻ると、案の定、凛々花の説教が聞こえてきた。
「パパっ! やっぱりこれお酒じゃないっ! もうっ!!」
 凛々花がペットボトルの中身を病室内の洗面台に流している。
「パパっ! あたし達を路頭に迷わせたいのっ!」
 病室だからと抑制していても、つい甲高い声で叱る妹を、百合は廊下から困り顔をして覗いていた。


『病院内は静かに!』
 そんな注意書きのポスターを横目に二人はエントランスを歩いている。
 正面玄関の自動ドアが開いたとき、凛々花は百合に大きな声で尋ねた。