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My Funny Valentine

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軽音楽部ではコピーバンドはバカにされた。顧問も部員たちも、どんな変な曲でもオリジナルをやることに意味があると考えていた。そんな中カノだけがひとり、先輩たちのような恥ずかしいオリジナルの曲をやるくらいなら死んだ方がマシだと思っていた。

コケコッコーを見にきている客はいなかった。他のバンドの客たちが会話の邪魔だと言いたげな感じでたまにステージを見るくらいで、彼らの演奏を最後までちゃんと聞いていたのはカノたちだけだった。
客の申し訳程度の拍手で演奏を終えステージから直接カノたちのいる席まで来た汗くさいコケコッコーの3人は、ステージの上よりも緊張していた。明らかに挙動不審な感じで「モチヅキだけど。」と言って頭を下げたギターボーカルの男の子に続いてあとの2人も名前を言ったが同時に言ったので何て言ったのか聞こえなかったカノが自分の名前を言おうとすると、カノの前に座ってモチヅキと名乗った男の子が「どうだった?」と聞いた。
カノは言葉に詰まった。なんて言っていいのかわからなくて横を見るとエッちゃんも固まった顔をしていて、カノが自分も今こういう顔をしているんだろうなと思った時ナオミが、「ヘタだって。」と言った。カノとエッちゃんが驚いてすぐに否定しようとしたが2人ともほめる言葉がとっさに出てこなく、「そんなこと…」とカノが言おうとすると、すでにガックリと頭を落としているコケコッコーの3人を見てナオミがギャハハと笑った。
カノは聞きたかった、どうやって曲を作るのかを。コケコッコーの曲を彼らは簡単に作っているような気がした。思いつきで歌詞を書いているような気がした。カノが知らない何かを彼らはどこかで見つけるか読むか拾うかして、それに簡単に曲を作る秘密みたいなことが書いてあり、だから楽器を充分練習する前に、他人が作った曲を演奏して練習する前にオリジナルの曲だけが出来てしまった、カノは彼らの曲を聞いていて、そんなことを思った。だから彼らに言った。「すごいね、自分で曲書けるなんて」と。
カノのその言葉にコケコッコーの3人は頭を上げて「エッ?」と言った。3人とも無理に立たせた髪の毛がだらしなく下がってきていて、汗で流れ出した整髪料でおでこが光っていた。「誰が曲を書くの?」とエッちゃんが、前に座った背の高いベースの子に聞いた。
「曲はね、モッチーが作んの、そいでね、みんなで歌詞考えて。」意外に高い声のベースの子はそう言ってモチヅキを見る。話を振られたモチヅキのほうをみんなが見たが、エッちゃんだけがそのベースの子のほうをまだ見ていた。
カノの目の前で小さく震えながらモチヅキは言った。「か、感覚だよ、感覚。セ、センスっつーの?センス。」
もっと話が続くのかと思ったらそれだけだった。それだけ言うのが精一杯みたいなほど緊張していた。
全然わからなかった。感覚もセンスも同じことだと思った。あんな単純な曲なら歌詞が先なのかとカノは思っていたら逆だったが、どっちでもいいような気もした。
「モッチーはねー、ピアノやってたんだよねーピアノ昔小さい頃小学校の時家で。そいでさー音楽一家なんだよねー親父とお母さんとオネーさんとおとーさんが。だからさーそういうのあるんじゃない小さい頃のそういうのよくわかんないけどそういうのオレ。」いかにもドラムっぽく太っているドラムの奴はそいつのドラムと一緒でしゃべり方ももたついていて聞いているだけで少しイライラした。ナオミが小さく舌打ちをしてから「へー、モッチーすごいじゃん天才じゃん。」と言ってほめるとモチヅキは恥ずかしそうに下を向いてヘヘッと笑った。「でも歌詞だって大変でしょ。ちゃんとメロディーに乗せなきゃいけないしさ。日本人でも大変じゃないの日本語で歌詞考えるの。」エッちゃんがベースの子にだけに向けて言った。無理矢理なほめ方だとカノは思ったが、コケコッコーの3人はそうかなーと言いながらうれしそうに照れていた。曲と一緒で単純な奴らだった。

ライブハウスを出た6人は冬の吉祥寺をさまよった。近くのマクドナルドは平日の夜にしては混んでいて6人も座れなく、居酒屋に行こうと言い出したナオミにエッちゃんがダメだと言い、聞いてみるとコケコッコーの3人も帰りの電車賃くらいしかないらしく、井の頭公園に行ったが冬なのにベンチはカップルですべて埋まっていてウロウロしてるうちにナオミが寒いと怒りだし、しかたなく6人は帰ることにした。
名残惜しそうな3人の男の子たちはまた来てよね、と何回も言い、メールを交換して駅で別れた。帰りの電車でひとりになったカノは、今日曲作りのことであのギターボーカルが言ったことを考えていた。
カノも曲を作ってみたかった。でもどうしたらいいのかわからなかった。まだ他人の曲をコピーするだけで精一杯だった。いろいろな曲をコピーしていくとそれぞれの曲の構造や違いがわかってきたが、いざ自分が作ろうとすると何から初めていいのかわからなかった。先輩たちには負けたくなかったが、いきなりいい曲なんて作れなかった。
ライブハウスを出てから少しずつ緊張が解けてきたモチヅキは言っていた。やりたいこととか言いたいこととかがあって、そればっかり考えているとメロディーが浮かぶことがあると。
カノにもやりたいことはあった。でもそれはただ自分のオリジナルの曲を作ってみたいという漠然としたものだった。それだけではダメだということをモチヅキは言っていたのだろうとカノは思った。井の頭公園をウロウロしている時「でも、仲良さそうだよね3人。」と言うカノに3人は顔を見合わせて苦笑いをした。「そーでもない時もあるよー。この前も歌詞のことで喧嘩したよね、みんな引かなくて。」そう言ってベースの子がドラムの腹を叩いた。叩かれたドラムは何か思い出したように「ウフッ」と笑うとその腹でモチヅキに体当たりした。そうされたモチヅキはよろけながらもうれしそうだった。
子供みたいな声を出して気持ち悪くはしゃぎ合う3人の男の子たちはやっぱり仲が良さそうだったけど、彼らは簡単に曲を作る秘密をどこかで拾ったわけではないようだった。

次の日の昼休み、エッちゃんのクラスで一緒に昼飯を食べているカノにエッちゃんがベースの子がかっこ良かった、メールしようかなどうしようかなねえどう思う、と聞いてきた。カノには昨日のうちにモチヅキからメールがきていた。そのことを今話そうと思っていたカノはなぜか、言えなくなった。ノートを貸してくれたお礼にカノが買ってきたヤキソバパンを食べるエッちゃんがメールのことをしゃべり出した瞬間、言わないほうがいいような気がしてしまった。モチヅキからのメールを秘密にする必要なんてないのに秘密にしてしまうとその、秘密にしてしまったことがカノは、自分にとって大事なことのように思えてきてしまった。
モチヅキからのメールは今日来てくれてありがとうという言葉で始まり、「もっと話とかしたかったんですけど、」という途中で切れたような言葉で終わっていた。昨夜緊張して最後までカノと目を合わせられなかったモチヅキは、メールでは強気なひとに思えた。
カノはまだ返事をしていなかった。なんて返事していいのかわからなくて、だから、それをエッちゃんに聞きたかったのに、聞けなくなってしまった。
作品名:My Funny Valentine 作家名:MF