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My Funny Valentine

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あの2人が勝手に考えたわたしの言いたいことが、わたしが本当に言いたかったことと同じ時も違う時もあった。でも、どちらにしても、2人がわたしより先に言ったわたしの言葉は、わたしの声ではない。わたしが話した言葉でなければ、わたしの口から出た言葉でなければ、わたしの本当の声ではない。それは、2人が勝手に作り上げた2人の中のわたしだ。
せめて、わたしの話を最後まで聞いて欲しい。わたしが言い終わるまで待って欲しい。最後まで聞かないくせに、あなたの言いたいこと、お前の考えてること、あなたのその気持ち、俺わかるよ、という顔をしないで欲しい。

あの人たちは、人と話すときに、相手のことを考えない。相手が自分に合わせてくれるのを当然だと思っている。自分のリズムに、自分の歌い方に絶対の自信を持っている。自分が正しいと思い込んでいる。
でも、あなたたちの一秒とわたしの一秒は違う。みんな、みんな、自分のリズムを持っている。それなのにあなたたちは、自分たちのリズムでわたしを歌わせようとする。
あなたたちのリズムをわたしに当てはめないで欲しい。あなたたちをわたしに押しつけないで欲しい。
わたしはわたしの言い方で話している。これがわたしなのに、わたしがお腹の底から必死で出したわたしなりの歌なのに、最後まで聞かないで、わかったふりをしないで欲しい。
わたしは、学校でもあまり友達に近づきすぎないように、嫌われない程度にそっけなくすることで、自分なりの関係を築いてきた。それなりに親しい友達も作った。そんな、やっと身につけたわたしのリズムは、あの人たちがこの家に来てから狂ってきていた。そして何も言わないお父さんは、それを見て見ぬ振りをしているとしか思えなかった。
お父さんは何も言わなかった。何も言わないということは、新しく出来たこの家族を、生まれたときからこの家族だったと思えと、この女から生まれてきたと思えと、と言っているようにわたしには思えた。
4人の家族がリビングで、楽しそうに笑う。その中のひとりであるわたしは、他の3人がなぜ笑っているのかわからないのに一緒に微笑んでいる。新しい母か新しい兄か、そのどちらかが言ったことにわたしが微笑みながらお父さんを見ると、お父さんも笑っていた。
お父さんはなぜ笑っていたのだろう。わたしが微笑む顔を見て笑っていたのだろうか。心の中では全然微笑んでいないわたしの微笑む顔を見て笑ったのだろうか。全然可笑しくないけど、新しい家族たちのようにわたしもちゃんと笑ったつもりだったのに、それがそんなに変な顔だったのだろうか。
わたしは、自分がどんな顔で笑うのかわからない。昔知っていたのに忘れてしまったのかもしれない。だってわたしは、鏡で自分の笑っている顔を見たことがない。遠足や修学旅行の写真でも、集団が苦手なわたしは、楽しそうにはしゃぐ他の生徒たちの端で、ただカメラのほうに目を向けていた。それがわたしが思う、わたしの顔だった。

学校では自分のために笑った。仲間はずれにならないためには、みんなと一緒に笑うことが必要だった。他の友達たちが可笑しいことはわたしも可笑しいとみんなに思わせなければいけなかった。一緒に笑うことでみんなの輪の中にいるわたしの存在を主張しなければいけないのが苦痛だった。
わたしは、自分を主張するために必要な言葉が、みんなみたいには十分に使えない。だからわたしは微笑んだ。何も言わずに微笑めば悪いようにはならなかった。無口なやつだと思われようとも、嫌なやつだとは思われなければそれでよかった。友達たちが何か言って、わたしが微笑んで、あとはその微笑みの意味を相手が考えた。余計なことを言わないで済んだ。無理に主張してわたしの吃音を笑われるよりも、ずっとよかった。
だから、だれもわたしの本当の笑い声を知らない。
小さい頃、何も知らなかったわたしはこの家の中でよく笑っていたような気がする。
あの頃のわたしの世界には、この家とお父さんとわたしとトランペットと少しの吃音。それだけだった。でも、幼稚園に行き他の子供と一緒に時間を共有しはじめるようになると、自分が世界の主人公ではないことに気づかされた。わたしの世界の外にもさまざまな別の世界があって、それがぶつかりあって外の世界が出来ていた。幼稚園の入学式での自己紹介の時に、緊張で言葉が詰まってしまい、子供からも親からも指をさされて笑われたことでわたしは、自分が冷たい外の世界に来てしまっていることを知った。あれ以来、何も考えずに出来てきたおしゃべりが、ただ楽しいものではなくなった。

週末に家族で行く中華料理屋で、談笑の中わたしも懸命に微笑んだ。母の冗談に、兄のくだらない学校の失敗談に声を出さずに微笑んだ。
他のテーブルから見れば、その丸いテーブルを囲んでいる4人は、どこにでもいる、仲の良い家族に見えたかもしれない。でもそのテーブルの中には、足りないものがひとつあった。それはわたしの笑い声だった。わたしが声を出して笑えば、お父さんが作ろうとしている新しい家庭は完成する。でもわたしには、どうしても出来なかった。微笑むだけで精一杯だった。お父さんの新しい家族のために、声を出さずに微笑むだけが、その時のわたしに出来るすべてだった。
お父さんはわかっていたのかもしれない、わたしが可笑しくもないのに笑っていることを。いくら微笑んでも、絶対に声を上げて笑わないことを。
お父さんなら、本当の家族だから、すべてお見通しだって、思っていたかった。

お父さんがいない日、わたしはひとりだった。母と兄はいまだに他人だった。自分の家に居づらかった。同じ家族でも、わたしだけがよそ者みたいだった。だからよく、トランペットを吹きに出かけた。トランペットを吹いていると、寂しくなかった。誰もいない所にひとりでいる方が、寂しさを感じなかった。
リビングから聞こえる新しい家族の笑い声がつらくなった夜、わたしはトランペットと一緒に家を出た。自転車で20分位の所にある大きな公園に、わたしは小さい頃よくお父さんとトランペットの練習に来た。ひさしぶりに来たその公園は以前と変わらず草と木の匂いに満ちていて人影もなく、砂利を弾くわたしの自転車のタイヤの音と夜の虫の音しか聞こえなかった。
その夜、誰もいないサッカー場の脇に自転車をとめてトランペットのケースを開くわたしは、風のない夏の空気の中にいた。時間が止まったように動かないその湿った空気がわたしの体にまとわりつき、息が詰まりそうだった。マウスピースに唇をあて鼻からその、わたしを閉じこめる空気を吸い込むと、小学校の時の、花火大会の夜を思い出した。

その日の花火大会にはわたしも誘われていたけど、みんな浴衣を着ていくことを聞いたわたしは、用事があると言ってその誘いを断ったのだった。
わたしは浴衣を持っていなかった。あの頃から背が高かったわたしはみんなみたいな女の子っぽい服が似合わないと思っていたし、スカートを履くとクラスの子たちみたいにおしゃべりしなくてはいけない気がしていた。それに、一緒に服を買いに行くと売り場で恥ずかしそうにしているお父さんに、浴衣が欲しい、一緒に選んで欲しいと言い難かった。
作品名:My Funny Valentine 作家名:MF