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My Funny Valentine

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中二の時に母親にギターを買ってもらいずっと一人で練習していたカノは、高校に入ると迷わず軽音楽部に入った。カノは仲間が欲しかった。
ひとりで練習するのにも飽きてきていたし、音楽の話が出来る友達が欲しかった。女子校の軽音楽部の新入部員は少なかったが、そこでナオミに出会った。
歓迎会で先輩バンドの演奏を聞いた。カノは単純に上手だと思ったが、いかにも女の子が好きそうな曲ばかりで、カノの好みと全然違った。その時隣に座っていた同じ新入部員のひとりがカノに、ヘタだね、と話しかけてきた。カノは聞こえるんじゃないかと思いびっくりしたが、演奏が終わり、一番最初に拍手をしたのはそのナオミだった。その時ナオミは楽器をやっていなかったが、2人は音楽の趣味が合った。ナオミはテキトーな感じのヤツだったがカノには話しやすくて2人はすぐに親しくなった。
ナオミは軽そうな外見と違い、古いロックを聞いていてカノが知らないようなバンドも知っていた。ナオミの音楽の趣味はアマチュアのバンドでベースを弾いている兄の影響だった。ナオミが兄のベースで練習を始め簡単な曲が弾けるようになると、2人はナオミの家で一緒に弾くようになった。
ナオミの家は大きくて立派だったが部屋は汚くて服や雑誌が床いっぱいに散らかっていた。服を踏んで歩くしかなく、「汚すぎだよ。」と言うカノにナオミは「まーね。」と平気な顔で答えた。2人一緒に弾いてみるとそれらしく聞こえてきて、その気になってギターを弾きながら歌うカノのデタラメな英語をナオミは笑った。
最初は楽器で遊んでいるようなものだったが、一緒に弾くようになり上達していくと、人と一緒に演奏することが楽しくなり、2人は次第に真剣になっていった。
ギターとベースだけでは物足りなくなりドラムを探し始めたが、軽音楽部の中でもドラムの人は少なく取り合いになっていて、出来れば同学年のほうがよかったが、最悪軽音の先輩でもいいかとカノが思い始めた頃、ナオミがエッちゃんを見つけた。
エッちゃんは同年で吹奏楽部で打楽器をやっていたが、小学校の時にドラムの経験があるのをどこかでナオミが聞きつけた。2人はエッちゃんのクラスまで度々出向いて、一度でいいから一緒に練習して欲しいと何回もたのみにいった。
エッちゃんは大人しくて控えめに話す子だったがいつも笑顔だった。遠いクラスから昼休みの度に現れるカノとナオミをエッちゃんの友達たちは不信そうな顔で見たが、エッちゃんはいつも笑って迎えてくれた。
あまりロックを聞かないエッちゃんが好みそうな曲を選んでCDを作って聞いてもらった。なんとか気に入ってもらおうと必死になった。カノはエッちゃんを逃したくなかった。バンドの楽しさを、自分たちとやるのがいかに楽しいかをわかってもらいたかった。
エッちゃんを逃すとあとは軽音楽部の先輩に頼むしかなかったが、部のドラムの人はすでにいくつものバンドを掛け持ちしていて、カノたちのような練習バンドに付き合ってもらうのは気が引けたし、お願いして頼むのも面倒だった。
先輩に気を使いながらやりたくなかった。掛け持ちでやって欲しくなかった。一緒に楽しくやりたかったから、無理に頼みたくはなかった。だから、エッちゃんがカノたちのCDを気に入ってくれなかったら諦めようと思っていた。
カノたちの趣味からすると少し抑えめな選曲で作ったCDを渡した次の日、エッちゃんはその曲たちをステキと言ってくれた。

部室で3人で合わせてみると、ドラム経験者で吹奏楽部の大人数での演奏の経験もあるエッちゃんのドラムは最初から上手かった。
エッちゃんは他の人と一緒に演奏することに慣れていた。カノたちが好む古いロックのドラムは単純で、エッちゃんは余裕だと言った。昔買ったドラムパットをたまに叩いていると言うエッちゃんのドラムは安定していて、カノたちが速くなりそうになってもそれに釣られなかった。
ドラムが入ると急にバンドらしくなった。今までカノと一緒にギターを弾くようにベースを弾いていたナオミは、ドラムが入るとリズムを意識するようになった。いきおいだけでどこへ行くかわからない2人の演奏を、エッちゃんのドラムがうまく収めた。それはバンドとしての3人の関係にも作用した。2人だけではだらだらしていた練習も、エッちゃんがいると思うと引き締まり、ナオミでさえ時折真剣な顔を見せるようになった。カノたちがやる気を見せると、エッちゃんはそれに答えてくれた。

エッちゃんはこれからもやってくれそうだった。曲がうまく演奏出来ている時、3人の気持ちが同じ方向に向いているのがわかった。楽しいと思う気持ちを他の2人も感じていると、カノは何の疑いもなく確信できた。
かっこよく決まった時、カノはたまらず、Yes!と大声で叫んだ。それをナオミも真似をした。我ながらうまくいったと思うと、2人はYes! Yes!と叫び合った。カノたちと一緒にバンドを始める前は大人しくて声も小さかったエッちゃんまでがYes!と大声で叫んだ時、カノはうれしかった。クラスの友達とも、地元の友達とも違う、こんな仲間は今までいなかったと思った。

3人は部室で日が暮れるまで練習した帰り、よく駅前のマクドナルドに寄った。練習の後はお腹がすいて家まで持ちそうもなかった。
カノはそのマクドナルドの二階の窓際の席から見える景色が好きだった。駅前のロータリーを挟んで改札まで見渡せるその席からは、バス停に並ぶ生徒たちや改札に入っていくたくさんの人たち、その中に知っている顔がいたりして、みんなが帰る姿を少し上から見下ろしているのが楽しかった。早く帰ればいいのに、帰りを急ぐ他の子たちよりも、寄り道して、そこにだらだらいる自分たちのほうが楽しい時を過ごしている、有意義に時間を過ごしている気がした。
初めは控えめにカノたちの話をただ聞いていたエッちゃんは、慣れてくるとよくしゃべるようになり、たまにひとりでしゃべり続けている時もあった。エッちゃんの家はパン屋で、閉店前に帰ると手伝わさせられるから早く帰りたくないと言った。ナオミは、家が自営なんてうらやましい、楽しそうだ、と言ったが、カノは自分の家も自転車屋なのでエッちゃんの気持ちが少しわかった。家の生活費や学費などがすべて、自分の部屋の下の店舗から生み出されていると思うと気が重くなるときがあった。カノが自分の部屋にいると母親が発する、ありがとうございましたー、の声がいつも聞こえた。父親が客に頭を下げて、パンクの修理代を貰っている所を見たくなかった。どこか他の、知らない所で働いていて、それを目にすることなく暮らしているサラリーマンの家庭がカノにはうらやましかった。
よくしゃべるようになったエッちゃんは、自分がクラスの友達と打ち解けていないと言った。一見楽しそうに話していたが本当はそうでもないみたいだった。
作品名:My Funny Valentine 作家名:MF