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My Funny Valentine

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もうあそこでは働くことはないのかと思うと、カノは少し寂しくなった。自転車のハンドルを握るカノの腕には、エッちゃん家で先週熱い鉄板に触って火傷した時の絆創膏がまだ貼ってあった。エッちゃんのお母さんが貼ってくれた子供用のその絆創膏はかわいくて、気に入ったカノはもう痛くないのに今まで剥がさずにいた。今日エッちゃんが見たら、ごめんねって言うかもしれないと思いカノは、その猫の絵の絆創膏を剥がした。もう傷は直りかけていた。ありがとうって言うのは新しいギターをエッちゃんに見せる時にしようとカノは思った。その時にちゃんと、わたしも楽しかったって言えるかわからないけれど、楽器屋に予約してある黄色いレスポールを今度の練習に持っていって、エッちゃんの好きな曲を一緒に演奏しようと思い、カノは剥がした絆創膏を道に捨てた。学校に近づくと道には桜の花びらがたくさん落ちていた。
一年なんてあっという間だって親たちはよく言うけど、それを聞くとカノは、そんなことない、その一年の間に何回もテストがあって、それ以外にも課題もたくさんあって全然あっという間じゃなかったって思うけど、一年たってまたこの桜を見ると、やっぱりあっという間だった気がした。
学校の塀ぞいに立つ桜から散る花びらはカノに去年の入学式の頃を思い出させた。初めて地元じゃない学校にきて不安だったが、新しい環境にもすぐになれて、なんでもないつまらない場所に変わるまでそれほど時間もかからなかった。去年の春ここの道の桜を初めて見た時にはナオミのこともエッちゃんのことも知らなかったのに、出会って一緒にバンドを組むようになった。ナオミの紹介でコケコッコーの3人のことも知った。その中の1人のモチヅキという男の子と少し親しくなってたまにメールをするようになり、最近の洋楽にくわしいモチヅキからCDを借りたりして今まで知らなかったようなバンドを沢山知った。面白そうなインディーズのライブがあるとひとりでも見に行った。ギターも以前より上手くなったと自分では思っていた。前より付き合う人の数は減ったが友達の種類と行動範囲は広くなったようだった。
高校に入ってからの友達は学校の近くに住んでいる人が少なかった。カノは学校から3駅も離れているのに自転車で通っていたがそれでも近い方で、大した学校でもないのに一時間近くかけて通っている人もいて、みんなカノが行ったこともないようないろいろな場所からこの学校に集まってきていた。自然と今まで行かなかった所にも行くようになり中学の頃のように家の近所で遊ぶことが少なくなった。
この前ひさしぶりに中学の友達からメールがあった。同窓会をしようというそのメールの返事をカノが同窓会の日より遅れて返すと、前はよく一緒に遊んだその友達から、変わったよね、前なら絶対来たのに、という返事がきた。カノは悪いことしたなとは思ったけど、言い訳するとこじれてしまうかなと自分に言い訳をしてそれ以上返事しなかったが、本当はもう面倒くさかった。なんてメールするかを考えるのも面倒で、これでもう一生会わなくなっても別にいいかも、とまで思った。
この一年で自分が変わったのか、自分の周りが変わっただけなのか、カノはわからなかった。変わりたいとは思うけど、中学時代の友達に言われた、変わった、はうれしくなかった。
この高校に入りナオミはカノを、今までいた世界から違う世界に連れ出した。ナオミがいなかったらバンドもやっていなかったかもしれないし、中学の時に買ったCDをいまだに聞いていたかもしれなかった。ナオミは最初から変わっていて、いつもさっき言ったことと違うことを言うナオミと行動するとドキドキすることが多かったが、カノはそれが楽しかった。みんなと同じことを絶対言わなくて、どこに行ってもビビらないナオミと一緒にいるとカノは自分まで強くなった気がした。ナオミは気づくといつも違う玩具で遊んでいて、みんながそれを欲しがる頃にはもう次の玩具を見つけてきてカノに自慢した。カノはそんなナオミが自分のそばにいることが他の友達に対して誇らしかった。
エッちゃんはこの一年で変わった。最初会った頃は声も小さいし頼りない感じで、それでもドラムが叩ければ誰でもいいとカノは思っていたが、今ではミツドモエのギターもベースもエッちゃんのドラムに頼りきっている。カノだけだったらスタジオの練習をさぼりそうなナオミも、エッちゃんがきちんと時間通りに来て待ってると思うと遅れはするがちゃんと来た。もしかしたらエッちゃんは、もともと芯が強いタイプだったのかもしれなかった。カノは最初エッちゃんとナオミが合うかどうか心配だったが、口の悪いナオミに何を言われてもエッちゃんは平気だった。初めナオミがエッちゃんになにか言うたびにカノは心臓が痛くなったが、あとでフォローしようと思っても別に気にもしてないようで、心配するほうがかえってエッちゃんのプライドを傷つけたようだった。ナオミが差し出す誘惑にカノのように負けることなく、エッちゃんはテストでいい点を取り続け、原曲通りのリズムをキープしつつ、狭いスタジオの中を歩きまわりながら演奏するミツドモエのギターとベースを、自分なりのアレンジでひとつにした。
ナオミはいつも違う場所にいた。エッちゃんはいつも同じ場所にいた。カノは、自分が2人と違う場所に立っている気がしていた。カノがギターを持ちひとり歩く道の前には髪の毛を立てた3人の男の子が立っていて、カノが進もうとしている狭い道の先をふさいでいた。

高2の夏休み中、カノは何度もコケコッコーのライブに行った。他の対バンと比べるとやはりヘタだったが、カノの耳が慣れてきたのか少しは上達しているのか、たまにかっこ良く見える時があった。コケコッコーは吉祥寺のいつもの所だけではなく、他の聞いたことがあるようなライブハウスにも出始めていた。前よりも彼らはカノたちに慣れて、カノも前ほど彼らのことを変だとは思わなくなった。大抵はナオミと一緒に行ったが、カノはひとりでも見に行った。エッちゃんは来なかった。エッちゃんはコケコッコーのベースと少しの間だけ付き合ったが、すぐに別れた。どうしても前の彼氏と比べてしまう、彼に悪いからと自分から振ったそうだ。エッちゃんが元カレのことをそんなに引きずっているという話も聞いたことがなかったが、その話を「フーン、そっかー。」ってうなずいて聞いていたナオミが、ちょっとバカにした顔でエッちゃんを見た。カノはナオミのそういう所が好きじゃなかったが、どっちの味方もしたくなかったし、どっちにも味方が出来なかった。
作品名:My Funny Valentine 作家名:MF