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ほんとうの日記

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明日から曽根くんはわたしのことを意識し出す。でも、わたしは今まで通り彼と接する。課の女たちに人気のある曽根くんの変化に、みんなが気付かないはずがない。わたしは別に曽根くんと付き合いたいわけじゃない。彼には運命を感じない。来年が終わるまで、わたしの幸運期が終わるまであと、一年と少し。彼はまだ若い。悪いけど、わたしには彼と付き合っている時間はない。彼を強い花に育てる自信がない。わたしに必要なのは、決して枯れない花。


いくら運命の人でも、部屋に訪ねては来てくれない。自分から出て行かなければ、誰にも出会わない。部屋で親しい友達たちと過ごすのも楽しいけど、一歩外に出るだけで、出会いはいくらでもある。
この広い東京に、これだけの人がいて、その中で誰かとめぐりあうなんて、それだけで運命的なのかもしれない。今、わたしが乗っている電車、同僚が誘ってくれた合コンに向かうこの電車の車両に一緒に乗っている人たち、その中でも、わたしの横でさっきから一生懸命何かを書いている、シャツがだらしなく出ちゃっているこの学生服の男の子も、実はすごい確率でわたしと隣り合っている。わたしが服を選ぶのをもう少し迷っていたら、この席には座らなかったと思うし、この先、もう一生会うことはないんだって思うと、この汗臭い中学生のことも、ちょっといとおしくなってくる。
わたしは先週、明日の日記に約束をした。

《来週中に出会いの場所に出かける。》

ずっとキライだった会社の隣の席の女と仲良くなって、合コンに誘ってもらう。今のわたしにはそれが一番の近道だった。合コンばっかりやってるあの女のことは正直今までウザいと思ってたけど、なんでこいつがずっとわたしの席のとなりにいるんだろう、早くどっかチャラい課に移動になればいいのにって正直思ってたけど、これも一種のめぐりあわせなんだと思う。
だから今、あの女を利用しろってことなんだと思う。あの女は、利用されるためにわたしとめぐりあった。
わたしは出会いを浪費する人が許せない。彼氏がいるのに合コンをする人、手に入れたものを大切にしない人、しあわせを無駄遣いする人、そういう人はそのしあわせを他の人に奪われても文句は言えない。
学生の時の彼の彼女さんも、木崎さんの奥さんも、手に入れたものを大切にしなかった。男たちのほんとうの価値も分からずに、手に入れただけで満足していた。だから彼らを枯らしてしまった。あなたたちは、せっかくのしあわせを輝かせることが出来なかった。

「もっと欲張っていいのよ。」あの占い師のおばさんは言っていた。

今まで、欲張ったらダメだと思っていた。他人を差し置いてしあわせを手に入れるなんていけないと思っていた。他人から奪い取ったしあわせは、ほんとうのしあわせではないと思っていた。しあわせをつかむ競争の中で、他人を差し置いてそれを手に入れるなんて、わたしにはできなかった。そんなことをしたら、せっかくわたしの所にきたしあわせが、わたしの手の中に入ったとたんに、そのしあわせのキラキラが、消えてしまう気がして、手に入れるのに臆病になっていた。

「もっと欲張っていいのよ。」あの占い師のおばさんは言っていた。

今週はやりとげたことがいくつかあった。
《あれから曽根くんは今まで以上にわたしに親切になった。》
《得意先の人に食事に誘われた。》
やりとげたことを日記に貯めていく。変わっていくわたしの運命を記録していく。 

「もっと欲張っていいのよ。」あの占い師のおばさんは言っていた。

先週わたしの夜の予定を聞いてきた曽根くんを適当にあしらった後、それを聞いていた隣の席の後輩の女が、「なんか最近フンイキ変わりません?」と言ってきた。「なにが?」わたしの事を言っているんだと思ったけど、もっとちゃんと言わせたくて聞き返す。やっぱり変わってきてるんだ。手相を書き始めてから一ヶ月、前より右手の頭脳線が上がってきたように見える。運命を表す右手の相が変わってきていた。以前より積極的になってきたわたしとわたしの右手。
もっと書いてみよう、手相も日記も。

だって、「もっと欲張っていいのよ。」と、あの占い師のおばさんが言っていたから。

毎日会社の帰りにコンビニで手のコピーをとっている。手相の変化が気になって、昨日の、先週の手のコピーと比べている。右手の手相が変わってきていることに気付いてからは、両方の手のひらを合わせて眠ることにしていた。変わってきている運命の右手の相が、少しでも宿命の左手の相に移ってくるように。
近頃は手相を書きすぎて、手のひらに血がにじむ時もある。強く書きすぎているからなのか、毎日書いているからその部分の皮膚が弱くなっているからなのか、一回右手がパンパンに腫れ上がったこともあったけど、傷が治りきるのが待てないわたしは、カサブタの上から、さらに手相を書き足していく。わたしの手の傷口が、そのままカサブタになって、それが取れるとその下に、新しい、上向きな手相が出来ていると思うと、カサブタを早く剥がしたくてしょうがない。
手を大きく開くと傷が開いてコピー機のガラス面に血がついてしまう時がある。もちろんついてしまった時にはティッシュで拭き取るようにしていたのに、ある日いつものコンビニに行くとコピー機の上に「注意!ガラス面に汚れがある場合があります。紙、書籍以外の物をコピーする場合はガラス面に汚れ(糊、手垢、頭髪、血液など)がつかないようにして下さい。手、顔などのコピーはご遠慮下さい。」と注意書きがしてあった。レジの方を見るといつものバイトがこっちを見ている。もうここではコピーはとれない。血なんて残していかなかったはずなのに、あのバイトは、わたしがいつも手のコピーをとっているのを万引き防止用の丸い鏡で盗み見していたんだ。
あの時、あいつがわたしを見ていた、あの顔が、忘れられない。口元が、気持ちわるく、わたしを笑っていた。
毎日コピーの為にコンビニに行くのも面倒だし、あそこのコンビニのバイトもむかつくから、部屋にコピー機を買った。中古はイヤだったし、カラーで両手同時にとれるくらいのだと、家庭用より少し大きいものになったけど、10万しなかった。これで心置きなくコピーがとれる。うれしくって体中のコピーをとってしまった。そして、それをつなげてみると等身大のわたしになった。記念に今も部屋の壁に貼ってある等身大の全裸のわたしの右側から、変化があった時の両手のコピーを並べていく。今度、日記の大きな約束がかなったら、ひとつのゴールとしてもう一度全身のコピーを貼ろう。すごろくみたいに、最後のゴールに向かって徐々に変化していくわたし。今度の時は、もっとステキな笑顔で写れるようにがんばってみよう。

合コンに向かう電車はもうすぐ目的地に着こうとしていた。だんだん乗客が増えてきてほぼ満員状態の中で、わたしの隣のだらしない感じの中学生は脇目も振らずにノートに何かを書き続けている。
あまりに一生懸命なのが気になって、わたしは彼のノートを盗み見た。
それは、ほんとうの日記だった。
作品名:ほんとうの日記 作家名:MF