ほんとうの日記
あれからわたしは、手相のことが気になって、自分で本を買って調べてみた。今まで気にしたことがなかったけど、右手と左手の手相は違う。わたしの手相は左手より右手の方がはっきりしている。手相の本によると、右手は後天運で運命を、左手は先天運で宿命を表している。右手に現実に起こったことや環境の変化が表れて、左手に元来のその人の性格が表れる。両手とも、わたしの手のひらを横に伸びる感情線と頭脳線は、下に伸びる生命線ほどはっきりしていない。感情線も頭脳線も、一本の線と言うよりはいくつもの線が合わさって出来ている感じだった。そして、そのはっきりしないわたしの頭脳線は、両手とも、特に右手の方が、途中から急に下がっている。頭脳線が下に伸びている人の特徴は、
・ ロマンチスト、直感的、空想家
・ お人よしでかわいいひと
・ クヨクヨと悩みやすい、思い込みが激しい
頭脳線が極端に生命線寄りに出ているものを「自殺線」と呼ぶらしかった。わたしの頭脳線は途中から下に向かって急に折れ曲がっている。つねに悪い方向に考えやすい、自分で自分を追い込んでしまうタイプが多い。占い師のおばさんが言っていた、夢見るユメ子ちゃん、とは、この自殺線のことだった。本によっては書いていないものもあるけれど、一般的な名前みたいだから、この線の名前をあのおばさんが知らない訳はない。きっと、わざと言わないでくれたんだ。ユメ子ちゃんが心配しないように。
でも、ユメ子ちゃんは知ってしまった。知ってしまった以上、もう頭から離れない。知らなかった時のわたしには戻れない。そういう名前のものが、自分の手の中にあると思うと、恐ろしくてしょうがなかった。
確かに、手相は当たっている。思い込みの激しいわたしは、その線に取りつかれ始めていた。手相の本を、読めば読むほど、その自殺線と言われる折れ曲がった手相の中に、自分がいる気がする。小さい、目に見えない位小さいわたしが、頭脳線の中を歩いている。思い出し笑いが好きなわたしは、いつもの帰り道のように、昔のいい事を思い出して、ひとり微笑みながら、その皺の中を歩いている。その先は折れ曲がっているよ、ちゃんと前を見ないと落ちちゃうよ、教えてあげようとして、いくら叫んでも、夢ばかり見ているわたしには、その声は聞こえない。このままだと、ユメ子ちゃんが落ちていってしまう。なんとかして頭脳線を上げないと、ユメ子ちゃんが死んじゃうよ。
手相は変わっていく、だから悲観することはない。どの本にも、まるで慰めるかのように、悪い手相の例の後にそう書いてある。もし、ほんとうに手相が変わるのなら、運命も変わっていくのだろうか?わたしの自殺線も上に向いてくるのだろうか?あの占い師のおばさんは、自分で手相を書いていた。自分で手相を書いている人を初めて見た。わたしも、いつも日記を書いているボールペンで、頭脳線をなぞってみる、折れ曲がっている所から、上向きに線を延ばす。ユメ子ちゃんが落ちていかないように、ユメ子ちゃんが自殺しないように。
それから毎日、手相を書くようになった。しあわせになれるように、自殺線が少しでも上に向くように、願いを込めて頭脳線を上向きに書いていく。初めは頭脳線だけを書き足していたけれど、他の相も書き足してみることにした。手相の本にあった「しあわせな結婚が出来る相」の例になるべく近づくように、自分の相を書き足していく。
最初の頃は、人に見られないように気にしていた。でも、そのうち気にしなくなった。朝、きちんと書いて出勤しても、たいてい昼休みには汗で消えてしまっている。気付かないうちにブラウスについてしまっている時もあった。だいいち他人に手のひらを見せる機会なんてあまりない。一度、昼休みの外ランチの後、一緒に行った同僚からお金を受け取ろうとした時に、手を差し出してから手相を書いていることに気が付いた。ハッとして自分の手のひらの上に乗せられたお金と同僚の顔を見たけど、彼女は何も気付かなかったみたいだった。後で手のひらを見てみると、うっすらインクが残っていた。わたしは、他人の視線を気にしすぎているのかもしれない。
手相を書き始めてから少ししたある日、朝の通勤電車で男の人の視線が気になった。初めどうしてかわからなくて、手相の効果が現れてきたのかも、って思っていたら、ブラウスのボタンがひとつ外れていて、ブラが丸見えになっていた。こんなこと初めてだった。たぶんその日の朝、手相を書いてからブラウスを着た時に、インクがつかないように気をつけてボタンをはめていたから、その時ひとつかけ忘れたんだ。最高に恥ずかしかったけど、男の人たちもよく見てるなって感心した。
その夜、わたしはひさしぶりに自慰をした、最後にHした時のことを思い出しながら。木崎さんはホテルの窓際に裸のままわたしを立たせて、後ろからするのが好きだった。高層ホテルの窓から街を見下ろすと、人が蟻のように小さくて、それを裸で見下ろすわたしたちは、まるで神様にでもなって、人間の世界を見下ろしているようだった。
後ろから激しく付かれながら、どこからかこの窓が見られているかもしれない、そう思って興奮したあの時のわたし。今思うと、あんな高い所の窓、誰からも見えるはずがない。それなのに、優越感と罪悪感で感じていたわたしは、ホテルの窓の夜景の中に映る自分の姿に興奮していただけだった。
あれからずいぶんHをしていない。そう思うと、急に冷めてくる。こうして昔のことばかり思い返している間に、すぐ来年になってしまう。
手相の中のわたしが自殺線の下り坂にさしかかる前に、早く誰かの手をつかまないと、自殺線を転げ落ちたその先、来年のその先には、なんの未来も待っていないかもしれない。
その夜、わたしはひさしぶりに日記をつけた。
《明日、誰かと手をつなごう。》
次の日、曽根くんと展示会に行ってから直帰の予定だったから、わたしは曽根くんと会う前に、わざと胸のボタンをひとつ外しておいた。案の定、目の届く曽根くんはすぐに気付いてくれて、恥ずかしそうにそっとわたしに教えてくれた。わたしはすごくアセッた振りをして、「ありがとう、よく見てるね。」って言うと、曽根くんのほうが真っ赤になっていた。展示会の後、彼を飲みに誘った。「今日はほんとうにありがとうねー。気付いてくれたのが曽根くんでよかったよー、他の人だったら恥ずかしくて死んじゃうよー。」彼の膝に手を置きながら言う。男の人とふたりきりでお酒を飲むのもひさしぶりだった。隣り合わせの席で曽根くんに少し寄り添うようにしているわたしは、他の人からは彼の彼女に見えるかな、そんなことを思うと、学生の頃に好きだった彼とふたりで飲みに行った時の感じがよみがえってきた。曽根くんに彼女がいることは前から知っているけど、まるでそれを知らないかのように接した。彼の好みのタイプとかを聞きながら、わたしが彼に興味がある素振りをすると、彼は彼女の話をしなかった。
駅まで手をつないで歩いた。ホームで別れる時に軽くほっぺにチュッってしてあげたら、曽根くんは驚いていた。