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ハヤト

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 その後ハヤトは何もしゃべらなくなりました。
「ハヤト、ハヤト」
 応答しようとしてできないのか、ハヤトが、今生きているのかも分からず、一方的な私の声掛けはまるで、切手を貼り忘れた手紙の様に空回りしていました。
 医師がハヤトの元へ駆けつけました。
 医師は私に優しくいいました。
「何か話しましたか?」
 私は頷き、
「話はできたんですね」
「どうか助かるのなら、ハヤトを助けてください」
 そう言って、医師に深々とお辞儀をしました。
「今から、彼を集中治療室に連れて行きます。今家族の同意を得たので、危険ですが片肺全摘と言う手術をします。彼の体力が持つかも分かりませんが、手術をしなければ助かる可能性がもうないので」
 医師はそう言って、ハヤトを治療室へ搬送していきました。
 泣き叫びたい思いで私は待っていました。
 4時間もした頃、集中治療室から医師たちが出てきました。先程の医師が私の元へ来て、
「残念ですが…」
「死んだって事?ハヤトが死んだって事?」
 私は半ば取り乱して言うと、
 医師はただコクッと頷くだけでした。
 医師が死亡診断書を出した後、私は亡くなったハヤトと共に搬送車に乗って東京へ向かいました。夜中15時間もかかると言われる長距離の移動中、私はいろいろな事を思い出しました。
 世界中をかけずり回ったこと、ニューヨークのマンハッタンで、ビールを飲んで彼が熱く語ったこと。
 ミラノで彼が赤ワインのボトルを持ったまま、二人で川を眺めていたこと。
 印象的だったのはギリシャで彼が写真を撮って、詩を書きフェイスブックに載せ屈託のない笑顔で笑った事。
 思い出せば、思い出すほど涙が止まりませんでした。
 東京に着き、通夜が終わり、葬儀と告別式が終わり、火葬が終わりました。
 ハヤトの遺骨の入った箱を持つとあまりのその軽さに、やり切れない思いがしました。
「ハヤトがこんなに小っちゃくなっちゃった…」
 私はそうポツリと言って泣きました。
作品名:ハヤト 作家名:松橋健一