海に降る雪
まるで子どものようにはしゃぎながら次々と足跡をつけていく。
それから、雪をすくうと空に放った。
きらきらと舞う雪が、少女の赤いコートに宝石のようにまとわりついていく。
「えい」
突然、少女は雪をつかむとわたしに投げてきた。
「冷たい。やったな」
わたしは少女をつかまえようとしたが、少女はぱっと飛び退いた。
「きゃ」
けれど、なれない雪に足をとられ、バランスを崩した。
「つかまえた」
わたしは彼女を支えようと腕をつかんだが、同じく足を取られ、一緒に倒れてしまった。
なおも少女はふざけてわたしに雪をかける。
「お返しだ」
やわらかな雪の上、ふたりで転げ回った。
雪にまみれたお互いを見て吹き出した。
「くしゅん」
少女がくしゃみをした。
わたしは少女を胸に引き寄せた。髪もほおも、重ねた唇も冷え切っていた。
「生き返ったぁ」
少女が露天風呂から戻ってきた。浴衣に着替え、髪を束ねて結い上げた少女はいくらか大人びて見える。
「のぼせなかった?」
わたしはとっくに出てきていたのに、少女はずいぶん長く風呂にいた。のぼせて倒れでもしていたらたいへんだと心配していた。
「一人だったから気持ちよくて、泳いじゃった」
無邪気な笑顔にはまだ子どものようなあどけなさが残る。
「夕食までまだ時間があるね。ゲームでもやってくるかい?」
「ううん。ここにいる。先生とふたりがいい」
そう言って、少女は窓を開け、さきほどふたりではしゃぎ回った裏山を眺めた。
日は西に傾きはじめている。
真っ青だった空がうっすらと赤みを帯びて、雪景色を染めていた。
「東京へはいつ発つの?」
「はっきり決めてないけど、ここから帰ったらすぐに荷造りしなくちゃ」
少女は東京へ行く。専門学校へ通うために。
アパートで一人暮らしをするという。
「時々、遊びに来てね。先生」
「……まさか」
言われなくても……行きたいと口にしてしまいそうだった。
わかっている。
わたしが今の気持ちのまま彼女のアパートに行ったりしたら……。
「わたし、この旅行のこと、一生忘れない。ありがとうね。先生」
少女は涙ぐんでわたしを見つめた。
そうだ。
ふたりとも、これが最初で最後だと暗黙の了解でやってきた。
おそらく、この思いを互いの心の奥底に秘めながら、この先生きていくのだ。