海に降る雪
深夜まで語り合った。
いつの間にか、雪が降り出していた。
「雪が降ってたのね」
「ああ。気づかなかった」
「雪が降るのを『しんしん』ってすごくいい表現よね」
「昔の人は情感が豊かだね」
「このまま雪に埋もれて死んじゃいたいな」
少女の目から大粒の涙がこぼれた。
少女の白い肌にわたしの肌を重ねたとき、わたしは少女に「海」を感じた。
一瞬、年の差が逆になったような錯覚をおこした。
少女の愛を受け入れたつもりが……。
そうではなかった。
少女がわたしのすべてを許し、受け入れてくれたのだ。
そう。まるで姉のようにやさしく包み込むような愛情で。
わたしは泣いていた。
「先生。どうしたの?」
「なんでもない。なんでもないよ」
少女の手がわたしのほおを包む。
わたしの涙を、少女はその唇でぬぐってくれた。
「わたしのために泣いてくれてるの? だったらだめよ。これはわたしが望んだことなんだから」
そうじゃない。
わたしは君の愛を受け入れるほどの男じゃない……。
「泣かないで。わたしは今、幸せなんだから」
その晩、わたしたちは幾度も求め合った。
翌朝、少女はいつものあどけない少女に戻っていた。
まるで夕べのことは夢だったかのように。
帰ってくると、季節はずれの雪がちらちらと舞っていた。
「めずらしいな。ここでこんな時期に降るなんて」
「皮肉なものね。わざわざ雪を見に行ったのに」
少女が自嘲気味に言う。
駅に降り立つと、雪の香に包まれた少女は晴れやかな笑顔をわたしに見せた。
「奥さんのこと、大事にしてね」
わたしはことばが見つからないまま立ちつくした。
「さよなら。先生」
少女はくるりと身を翻すと、改札口から出て行った。
振り向きもせず。
わたしの手の中に海の感触だけを残して。