海に降る雪
わたしはそんな彼女をおもしろがるうちに、好意をもつようになっていたのかもしれない。
少女がわたしを意識しはじめたのも、例の感想文の一件以来だったように思う。
実際、彼女がわたしと話すようになったのもその頃からだった。
少女が三年になったとき、わたしは別のクラスの担任になった。
相変わらず、放課後は文芸部にやってきては詩を書いたり、機関誌用の挿絵を描いたりしていた。
彼女の笑顔はまわりの雰囲気を和ませ、友人からだけでなく後輩たちからも慕われていた。
──雪は好きよ。きれいだから。先生は?
──あまり好きじゃない。
──なぜ?
──雪ばかりのなかで育ったからかな……
初めてこの町に来たとき、冬の空の青さに驚いたものだった。
どこまでも澄んだ真っ青な空と海。
足を伸ばして岬まで行き、その景色の美しさを一目で好きになり、休日には必ず散歩するようになった。
小説家になろうと決めたのはいつだったか。
暗く重苦しいふるさとから逃れたくて、生活のために教職の道を選んだ。
大学の時に知り合った妻は、ずっとわたしを応援してくれている。わたしの一番の理解者だ。
それでも、なぜか心の隙間にむなしい風が吹くことがあった。
そんなときだった。少女と出会ったのは。
──そう。雪国の大変さってわたしは知らないものね。
──たまに降るからロマンチックに感じるんだよ。
もしかしたら、わたしの少女への思いも日常からの逃避なのかもしれなかった。
まだ18歳の少女が30近い男に恋するのも……。
「ちょっとどきどきするわ。誰かに見られてないかしら」
少女は車内を見回した。幸い、わたしたちの乗っている車両には誰もいない。
少女の手を握り、聞いてみる。
「後悔……しない?」
少女は大きく頭を振った。
「悪いようにはしないでしょ」
まいった。
これほどまでにわたしを信頼してくれているのか──
心がざわめく。
まるで恋を知ったばかりの少年のように。
こんな思いは初めてだった。
夜行列車に乗り換えて、北へ向かう。
「どこへ?」
「とりあえず、北」
休日に最期のスキーを楽しもうと乗ってくる客が割と多かったが、ふたり並んで座席に座ることができた。
夜も更けてくると、少女はわたしの肩にもたれかかって眠った。