慟哭の箱 10
穏やかにそう紡ぐ旭を不審に思ったのか、武長は笑みをひっこめた。目が鋭い光を放ってくる。
「それが、過去のことをネタに脅しをかけてきたきみの言うことかい?家族や警察にもばらすとかって…そういうつもりかな」
こいつは犯罪者だ。旭だけでない。他にもたくさん被害者がいるのだ。一弥と芽衣が、きちんと調べていた。
「そういうつもりだったら、あなたはどうするの」
「どうもこうも…そんなの何の証拠もないことだからなあ」
平然と言ってのけるけだものを前に、旭は必死にこらえる。
「…反省もない。謝罪もないんだね」
そんなものをこの男になど求めていなかったけれど、それでもやはり失望はした。
「きみだって、喜んでいたじゃないか」
「……え?」
がんがんがん、と頭の中に音が響く。視界が回りだす。
「きみがこの家を追い出されずに済んだのは、そういう意味で利用価値があったからだろう?感謝されてもいいくらいだ」
頭が真っ白になる。
喜んでいた?感謝?
あのおぞましい行為を、それによって生きながらえた自分のことを、そんなふうに言うのか?
「…もう一度、言ってみろ…」
取り出したナイフを武長に向ける。武長はたじろいだように笑みを消した。声が震えているのが自分でもわかる。ぶるぶると、手も震えている。恐怖じゃない。怒りでだった。
…殺してやる。
こいつを、絶対に殺してやる!
叫び声がする、己の胸の内から。激しい怒りが指先にまで行き渡り、旭は絶叫した。