慟哭の箱 10
「……」
何か言わなくては。伝えなくては。そう思うのに、言葉にならない。行こう、と促され立ち上がる。足はもう震えてはいない。手も。何だか視界が広くて明るい。かすみがかっていた風景が一変している錯覚。まぶしい。一弥は目をすがめ、穏やかに笑う清瀬を見た。
「なあ、ノートに書いてくれたろ」
「…え、」
旭らの交換日記のことだ。
「あれを読んで、ここに駆け付けたんだ」
あれは、と一弥は口ごもる。あれをどういう心境で、なぜ書こうと思ったかは、はっきりとは思い出せないのだ。だけど確かに書いた。目の前の、このひとに向けて。
「おまえの口から、聴きたい」
言って、と清瀬が促す。伝えたい。言わなくちゃいけない。乾いた唇を必死で開く。
「清瀬、さん…」
名前を呼んだら、涙が零れた。ようやく流せた涙だった。
「い、生きたい…俺は、生きたい…です、」
うん、と優しい相槌。
「絶対叶える」
その約束を違えることはない。そう誓うように、清瀬はまっすぐに一弥を見つめている。
――ああ、これでもう大丈夫だ…
瞑目すると、急速に意識が薄れていく。
もう大丈夫だ。
ようやく、生きることを、許された。
身体中から力がぬけて、一弥の意識は心の海に沈んでいく。
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