慟哭の箱 10
清瀬
誰かと暮らすというのは、僕にとっても新鮮な経験だったよ。
須賀の家にいたときは、多忙な両親と顔を合わすことは皆無に等しかったし、食事を誰かと一緒にとることすら稀だった。あっても冷たい雰囲気の母と二人。会話はない。食事の味もしなかった。口数が少なく大人しい旭を、両親は遠ざけていた。期待外れの息子だと。それをひしひしと感じる冷たい家に、他人のぬくもりなんてなかった。
だけど清瀬さんとの生活は違った。きみたちも、それは感じていると思うけど。
須賀の家は寒く冷たく、僕らにとっては狭苦しかったけど、清瀬さんの部屋は須賀の家に比べると小さいはずなのに、広く大きく自由だった。一人で過ごしていても、常に清瀬さんの気配を感じた。生活感があった。このひとと暮らしているんだという実感があったからかもしれない。
事件の全容がわからず、常に緊張感を漂わせていた清瀬さんが、家でだけはのんびりと柔らかな空気の中で過ごしている。そんな彼のそばにいるのが、きみたちは好きだった。
清瀬さんの作る料理は、薄味が基本のシンプルなものばかりだったけど、須賀の家で食べたどんな贅沢なごちそうよりもおいしかった。あれは本当に不思議だったな。自分の味覚が麻痺していたんじゃないかってくらいの衝撃だった。食事は、一緒に食べるひとや雰囲気で、こんなにも幸福なのかと思い知ったよ。
あのひとは、いろんなことに気づかせてくれたんだね。
清瀬さんは、テレビはあんまり見ない。見ているときもあるけど、そんなときはたいてい、ソファーでうとうとしてたっけ。だからいつも氷雨が好きなドラマを自由に見てた。あのひとは常に寝不足だから、眠たそうなしまりのない顔はそのせいなのかもしれないと、真尋が笑ってたっけ。
もっと若い趣味でも持てばいいのにって真尋に言われて、清瀬さんは笑ってた。仕事が大変で、きっとそんな暇ないんだろうなと思う。というより、たまの休みにのんびりしないと身体がきついんだろう。清瀬さん
の仕事は激務だった。不規則な帰宅時間、日によっては帰ってこなかった。そんな中で僕らという同居人も抱えていたのだから、予想以上にきつい日々だったと思う。
清瀬さんは休みの日は掃除したり溜まった洗濯物を片付けたり、寝ているか本を読むか、そんなことをして過ごしていた。出不精なのかなと思ったけど、行き詰っている旭や涼太を散歩に連れ出してくれたりした。静かな、空気のきれいなところで、じっと話を聴いてくれたっけ。