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川の流れの、その音に寄せ

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「何か……あったのかな、リカのお母さんと神林さんのお母さん……」
 こめかみを押さえて聖が唸る。せっかく氷音に近づいたと思ったのに、繋がりを持っているはずのリカの母親に拒絶されてしまってはどうしようもない。
「まあ、でも、何か事情があって避けているにしても、神林さんが行方不明だって言ったらリカのお母さんも協力してくれるかもしれないし、話をしてみるのが一番いいかもしれないね」
「う、でもまだ行方不明……って決まったわけじゃないし……」
 これには千波が二の足を踏んだ。もしかしたらただ連絡手段がなくなってしまっただけで、氷音は普通に元気にしているかもしれない(むしろ、そうであることを望んでいる)のだ。大騒ぎするのも悪い。
「リカさん、誰か他に共通の友人とか、いない……?」
「うーん、それがねえ、幼稚園の時点でもう違っちゃったし、学年も違うし。私、小学生のときにはもうこっちに越してきてたのよね」
 ここまで来て、詰みだ。千波は歯噛みして拳を握りしめた。
 不意に誰かの携帯が鳴った。リカのものだ。ちょっとごめんね、とリカが席を立つ。残された千波と聖は黙ってアイスコーヒーを口にしていた。いつも以上に苦く感じる。カランカラン、と氷の音が響いて、周りの喧噪に溶けて消える。
 あと自分たちにできることと言えば、氷音の大学に直接乗り込んで聞き込み調査を行うくらいか。あまり大げさなことはしたくなかったのだが、親たちを巻き込んで大事にするよりはいいと思う。
 はあ、と息をついた。なんだか疲れてしまった。
「――名空さ」
 話題を変えたくなって千波は口を開く。
「リカさんのこと、好きでしょ」
「えっ」
 それ以上は何も言わなかった。しかし一瞬の表情を見てわかってしまった。なんて馬鹿な二人だったのだろうか。本当に、それ以上は何も言うまい。聖がリカと本当に付き合ったら、やっと自分は聖のドライブ同行の犠牲者から解放されるわけなのだが、それも少し寂しい気がするからだ。
 数秒前とはまた違った沈黙が流れた。聖は気まずそうにコーヒーを一気にすする。
「……内緒ね」
 苦笑交じりに聖が呟いた。お前がそんなんだからリカさんだって、と言おうとして、やめた。どうやら誰もが認める理想のカップル(他称)の正体はとんだ不器用カップルだったらしい。さっさとくっついてしまえ馬鹿と心の中で悪態をついて、千波もコップを空にする。
 その時だった。
「聖……聖!」
 青ざめたリカが戻ってきた。そのまま席には着かずに、聖の背にすがりつく。状況の呑み込めない二人もただごとでないことは理解して、どうしたのと声をかける。
「聖……怖い、なにこれ、やだもう」
「落ち着いて、リカ? 何……あったの?」
 リカはひたすらに首を横に振るだけだった。カタカタと震えている。聖はとりあえず彼女を椅子に座らせて、肩を抱いた。
「リカさん……」
 しばらくの間、リカは何も話すことができなかった。二人も心配そうにただ傍についていたが、ようやく落ち着いて、とりあえず周りに人のいないところに行きたいと言った。
 大学の中はどこも人でいっぱいだ。結局、聖のレンタカーに三人で乗り込んだ。車を出す気はなかったのだが、リカの第一声は「東京に向かって」だった。聖は心配げな顔をしたが、何か言い返すこともなく走り始めた。
 ここから東京までは車で一時間半ほどあれば着く。平日の夕方ということもあってそう混んではいない。
「……さっきのね、養成所の先輩からだったんだけど」
 発進した後もずっと黙り込んでいたリカが、ようやく口を開いた。
「その人、大学出て本気で役者を目指すって言って、東京でオーディションとか受けてるんだけど、やっぱりバイトしないと生活できなくて。まあみんなそんな感じなんだけど」
 何の話をしているのかもわからないままだったが、千波もただ頷いて聞いていた。リカはまだ青い顔をしたままだ。
「……電話でね、リカも東京来てるの? って言われて」
「え……」
「先輩、先日入ったバイト先で……居酒屋らしいんだけど、スタッフの名簿に私の名前見つけたって……」
「え、いやでも、ただの同姓同名ってことも……」
「砂倉鳥籠って! 二人もいると思う?」
 千波は閉口した。大抵の名前なら同姓同名で片づけることはできる。自分の名前だって、同姓同名が多くいるかと聞かれれば自信はないがそれでもまだあり得るだろう。だけど、彼女は『砂倉鳥籠』。
「……先輩も直接会ったことはないらしいんだけど……」
 偶然の同姓同名でないとしたら、ドッペルゲンガーということになってしまう。千波は眉根を寄せて考え込む。
「やだ怖い、何なの、もう、嫌……」
 リカは顔を覆って泣き出してしまった。自分と同じ人間を三人見ると死ぬ、だっけ。と、千波は不穏なことを考えた自分を恨んだ。
「だ、大丈夫ですって……リカさん、そんなホラーないって」
「……偶然でなくて、ホラーでもないとしたら」
 運転中の聖がぽつりと呟いた。
「誰かがリカに成りすましてる?」
 リカがあからさまに硬直したのがわかった。ある意味ではそれが一番怖い。お化けや妖怪などいない以上、一番怖いのは人間なのだ。
 一体誰が、何のために。そんなことは考えても仕方がなかった。しかし不思議なのは、その『砂倉鳥籠』が『リカ』を名乗っていないということだ。恨みにしろ憧れにしろ、動機はわからないが彼女を模倣しているのだとしたら、名前もリカの方を名乗りそうなものなのに。
「とりあえず、行って確かめてみるしかないってことか……」
 リカは震えていたが、しっかりと頷いた。
「絶対……とっちめてやるんだから……」



 東京に着く頃には七時を回っていた。『砂倉鳥籠』が働いているというのは居酒屋だというから、潜入にはちょうどいい。リカの先輩によれば今日のシフトに入っているはずだという。
 お店の場所を聞いて、近くのコインパーキングに車を停めた。運転手は飲めないね、と千波が茶化すと、僕は元々飲まないからいいのだと言った。
 リカは怯えている様子ではなくなっていた。犯人をつかまえて問い詰めて、必要とあらばぶん殴ってやろうとでもいうような顔をしていた。
 そこは大衆居酒屋というよりも、もっとお洒落で都会的な場所だった。元々何かよほどの用事でもない限りは東京に出てこない千波は完全に面食らっている。店内に入ると同い年くらいの男性が案内してくれた。それぞれが半個室のようになっていて、薄暗く静かだ。
「当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか……」
 テーブルに備え付けられたタッチパネルの説明をして男性店員は席を後にした。この席のつくりでは、あまり店員の動き回っている姿を見ることができない。これでは『砂倉鳥籠』を探すことは困難だ。しかしリカはさきほどの震えはどこへ行ったのか、「お手洗いに行くフリをして探し回ってくるわ」と意気込んでいた。
「とりあえず、せっかくお店入ったんだから何か頼もう」
 聖がタッチパネルを操作し始めた。千波はすかさず生中、リカは迷った挙句にお洒落な名前のカクテルを注文した。
「あら煙草。千波ちゃん、吸う人なの?」
「ん。あ、ダメですか?」
「いえ大丈夫よ、でもびっくりしちゃった」