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川の流れの、その音に寄せ

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 元気づけようとして聖が茶化す。千波は笑って返そうとしたが、唇の端しか持ちあがらなかった。考えれば考えるほど悪い予感が胸をよぎるのだ。もし仮に、連絡がつかなくなったのがただの偶然で、氷音は何事もなく大学に通っているのだとしても。千波はもう放っておくことができなくなってしまった。高校の三年間、氷音の一番の友人であった自負がある。彼女が何を思って自分と一緒にいたのか、そしてこの噂の真偽も、きっと自分は直接確かめなければならないのだと思った。
「リカに聞いてみようか」
「は?」
 突然、予想もしていなかった名前があがって千波は素っ頓狂な声をあげる。
「だって神林さんの家ってここらへんでしょ。リカの生まれ故郷だってことは、小中一緒かもしれないじゃん。実家知ってるかも」



 翌日千波は聖と共にリカの通うキャンパスに向かった。せっかく仕上げた課題を提出する授業を放り出して行こうとした聖を全力で引き止め、待ち合わせは夕方になった。
 果たしてリカは氷音のことを知っていた。どうやら聖の思いつきは無駄足ではなかったようである。公園デビューの仲だったか、始まりは覚えていないが別々の幼稚園に入るくらいまではよく遊んでいたようだ。その後会うことはなかったが、どうやら親同士は離れてからもしばらく連絡を取っているような節があったとか。世間というものはあまりに狭い、と千波は苦笑した。
「リカ」
 学祭ならまだしも平日に他人の大学に入っていくのは初めてだ。借りてきた猫のようになっている千波を背に、聖が片手を挙げて挨拶する。カフェテラスには写真でよく見た顔、いやそれよりもっと大人っぽく美しくなったリカがいた。
「あら聖。久々に連絡してきたと思ったら、びっくりしたわ。あなたが千波ちゃんね、聖からいつも話聞いてた」
「ど……どうも」
 千波は人見知りするタイプではないのだが、思わず萎縮してしまう。将来の女優だけあって、何だか自分たちとは違うオーラを感じるのだ。しかし何故だか、どこか氷音と似た雰囲気を感じる。地元が同じだからだろうか。
 それにしても、聖とリカはやはりお似合いだ。噂が独り歩きするだけある。聖は数日に及ぶ徹夜明けで顔色が悪くなっているものの、リカと並んで決して見劣りしない男なのである。なんだか肩身が狭い。
「聖、アイスコーヒー買ってきてよ。三人分」
 当然のようにリカが聖を顎で使った。彼も彼で嫌な顔ひとつせずに、そうだねと笑って一度座った席を立つ。性格の上でもお似合いなのかもしれない。
「……リカさんと名空が付き合ってたって噂、本当なんですか?」
 聖の姿が人ごみに紛れて見えなくなると、千波は声を潜めて問いかけた。氷音の噂の真偽の前に、こちらもこちらで気になる事案だ。
「ん? どう思う?」
 くすっ、と笑ってリカは顔の前で指を組んだ。
「千波ちゃん、聖のこと好きなの?」
「それはないです」
「なら、どっちでもいいことじゃない?」
 千波が眉を寄せて閉口する。人の気に触るような言い方を、わざとしたようだった。リカがこのように黙らせて、聖が笑って誤魔化す。そんな調子だから二人は『他称・恋人同士』だったのだ。
 千波が表情いっぱいに不快を押し出したので、リカはばつが悪そうに苦笑する。
「ま……、千波ちゃんならいいか」
「え?」
 千波の耳元に艶やかな唇を寄せて、小さな声で続けた。
「フリ、してもらったことがあるのよ」
 驚いて千波が振り向く。リカは初めて人に言ったわ、と照れくさそうに笑うと、頬を掻いて首を傾げた。
「昔ね。ちょっとした意地の張り合いでね。で、かと言って本当に付き合ってるわけじゃないし、付き合ってないって言ったら嘘だったってバレちゃうじゃない。だから、ご想像にお任せします~って誤魔化し続けて、早数年」
 千波が驚いたのはそこではなかった。リカの口ぶりから窺えたのはその事実だけではなかった。そもそも、変なのだ。本当に一時の嘘を隠すだけだったら、少し時間が経った後に別れたことにしてしまえばいいはずなのだ。もしかしてリカは……、
「名空のこと、好きなんですか」
 女優の表情が固まった。
「もしかしてリカさん……それならいっそ本当に付き合っちゃおうかって、名空が言い出すの待ってたんじゃ……」
 みるみるうちにリカの顔が赤くなる。本当の恋人同士でなくても、周りから恋人同士だと思われているのがまんざらでもなかったに違いない。返す言葉もなくなったリカは視線をあちらこちらに動かして、そして顔を手で覆った。
「……ち……千波ちゃん、あなた、エスパー?」
 千波はまさかあ、と言って笑った。リカは真っ赤になった頬を手で押さえたまま、まだ聖が帰ってこないことを確認するといそいそと椅子を千波に近づけた。
「私もね……その、天狗になってたっていうか、フリでも一緒にいれば聖も少しは意識してくれるようになるんじゃないかって……思ってて、ね。でもあいつ、全然私のこと眼中にないんだもの。もう、悔しくって」
 はじめ千波が噂について言及した時に感じたトゲはこれだったのだ。千波にしてみれば聖が片思いしているのかと思ったくらいである。脈ナシには到底見えないし、それどころかこれはきっと両片思いというやつだ。どちらかが一歩踏み出せばきっと解決してしまう問題。しかしこういったことはやはり男から動き出すべきである。今度、聖の方をつついてみよう。
 なんだか急に親近感が湧いてしまった。人見知りから解放された千波は「名空がアホなんですヨ」とウインクした。ちょうどそのタイミングで噂の聖が戻ってきたのでリカは慌てて椅子を戻した。
「なんだ、今の時間で仲良くなったの。二人」
 二人は笑って誤魔化す。そう、長年の謎も紐解いてしまえばどうってことはないのだ。ちょっとした誤解や思い込みで複雑化されてしまうだけなのだ。きっと、氷音の問題も。
「そう。それでね、リカさん。氷音のこと」
「ああ。そう、その話だったわよね。びっくりした、まさかあーんな昔の友人の件で聖から電話かかってくるなんて思わなかったから」
 さすがと言うべきか、頬の火照りはすぐにおさまっていた。アイスコーヒーのストローをくわえ、神妙な顔をする。
「で、それなんだけどね……なんか、変なのよ」
「変って?」
「私、聖から聞くまで神林氷音なんて名前すっかり忘れてたわけだけど、でも、昔遊んでたのは確かなのよ。記憶力には自信あるの。大好きだった氷音川の名前を冠してたし。でも――」
 そこまで言ってから、リカは一息ついてコーヒーをすする。真面目な面持ちで身を乗り出す千波を見て、声のトーンを落とした。
「……母に聞いたら、知らないって言うの。そんな名前聞いたことないって。それはもう……頑なに」
 三人の間に微妙な空気が流れた。本当にリカの記憶が間違っていた可能性もあるし、母親が忘れているだけかもしれない。だがそれだけで片づけてしまうわけにはいかない何かがある。リカはストローをいじりながら怖い顔をして少し顔を伏せた。
「普通、覚えてなくても考えてみようとするじゃない。人に言われたらそうだっけ? ってちょっと思うじゃない。でも、それがなかった……そんな子はいない、知らない、関わるのはやめなさいって」