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ゴキブリ勇者・医者編(その2)

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「先生」


俺が目を覚ますと、空気が少し張りつめた。
思考がぼやけた俺は起き上がろうとしたが、やんわりととめられた。


「すごい熱が出てるんです。横になってて下さい」


確かに体が重く、考えがうまくまとまらなかった。
俺はなにをしていたのだろう。
よく思い出せない。


「先生、良かったら話してくれませんか」


エリカちゃんが、いつもとは違う真剣な顔で俺を見た。
俺は懲りもせず笑った。


「なにを話したらいいの?」

「なんでもいいです。思いついたことから話して下さい」


俺はヘラヘラと笑いながら、間延びした声で話した。


「そう言えば、アイちゃんがお菓子が欲しいって言ってたよ。
俺が持ってないって言ったら、誰に貰ったら良いんだーって頭抱えてて。
可愛かった」

「すいません」

「エミもお菓子が欲しいって言ってたから、どんどんあげてた。
妻は俺を直接とめることは無かったけど、実家の方で愚痴っててね。
それが分かった時から、俺はお菓子を一切あげなくなった。
エミはなにも悪くないのに」


俺は突然なにを言ってるんだ、やめろとガンガン警報が鳴っている。
なのに、俺は笑い続けた。


「俺はやって良いこととやっちゃいけないことのラインが分からない人間でさ。
妻の実家のお義父さんと酒を飲んだ時、言われるがままナマハゲに殺される役をやった。
なぜか衣装みたいなものがあったから、お義父さんがナマハゲの役で包丁持ってね。
小さかったエミはわんわん泣いたよ。
お義父さんにまで責められてさ。
俺はもともと最低な人間だったから、妻の実家から嫌われてたんだ。
でも、仲直りのチャンスにますます嫌われた」


二人は静かに聞いている。
俺は真剣な顔が出来ずに、べらべらと喋り続けた。


「お義母さんはサバサバとした人だけど、悪い人じゃなかった。
でも、俺の母がまだ若いのにボケて死んだとき、「ああはなりたくないわね」ってさらっと言われちゃって。
そうですね、としか言えなかったよ」


なぜ、こんな話を俺はしているのだろう。
自分でも、もう分からない。


「俺の父親に、俺は家を突き止められたことがあった。
金を渡して帰って貰っても、妻は俺にはなにも言わなかった。
だけどね、幼稚園からエミが連れ去られた時、妻に連れられて突然お義父さんが怒鳴りこんできたんだ。
俺の父親はしれっとエミを連れて戻ってきたけど、お義父さんは木刀を持ち出して、父親を殴り付けた。
妻の実家はねちねちとつきまとわれて、父親は弁護士まで連れてきてさ。
月々慰謝料を払い続けるって念書を書かせたらしい。
弁護士は父親が席を立ったとき、お気の毒ですねって申し訳なさそうにしてたって。
もちろん金は俺が払ったよ。でも、もうどうしようもないよね」


春のまっただ中で、俺は寒気を感じていた。
咳が止まらず呼吸が乱れる俺を、心配そうに二人はのぞきこんでいる。
ガタガタと震えるほど寒いが、うだるように暑い。
俺はいつも矛盾だらけだった。


「妻の実家の両親もちょっとずれたところがあってさ。
お義父さんの誕生日とエミの誕生日が近いから、同じ日に祝おうって言われたんだ。
でも、エミの誕生日の方に合わせるんじゃなくて、お義父さんの方に合わせることになった。
エミはずっと泣いてたよ。なのに、俺はエミの方を叱った。
俺はエミから完璧に嫌われた。
しかも妻からも責められた。
そのことで妻と大喧嘩して、また妻の実家からお叱りを受けた。
俺はどんどん仕事にのめりこんだよ。
だけど、仕事の方もそれほどうまくいかなかった。
俺のまわりには誰もいなくなった。
しかも……エミと俺は血も繋がっていなかった」


この期に及んで、まだ俺は笑っていた。