【創作】「咎人の系譜」
日が沈む頃、ルイは耕太の家にやってきた。
緊張した顔の耕太と向かい合って座る。背後には、なつと子供達が怯えた顔でこちらを見ていた。
耕太の「家族」。耕太が守りたいと言った家族。
ルイは平静を装い、この家が鬼に狙われていると切り出した。
「だから結界を張ります。終わるまで、家から決して出ないように」
小さな悲鳴が聞こえる。なつが子供達を抱き寄せ、不安げな様子で耕太に視線を向けていた。耕太は唇を舐め、「何故?」と問うてくる。
何故、か。ルイは内心溜め息をついた。
夢のことを気にしているのだろうが、理由を知ったところでどうしようもない。過去に戻って、鬼と家族の橋渡しをしてやるわけにもいかないのだ。
「理由などない。たまたま目を付けられただけ。強いて言うなら、運が悪かったのでしょう」
ルイは淡々と告げた。耕太は納得のいかない顔をしているが、知らないほうがいいこともある。
鬼の因縁も。自分が双子であることも。
「これを」
ルイはラズールに合図して、小さな置き時計を出させた。コチコチとかすかな音を立てて、二本の針が文字盤の上を滑る。
困惑する耕太に、ルイは短針を指差して、
「これが真上にくるまで、決して家から出ないように。何があろうと、何が聞こえようと、絶対に。この家にいる限り、鬼は手出しできないから」
ルイの真剣な表情に押されたのか、耕太はこくこくと頷いた。ルイはラズールを振り向き、行こうと声をかける。
やるべきことはやった。後は、鬼が来るのを待つだけ。
気味の悪い沈黙。虫も鳥も、今夜は息を潜めているかのよう。
耕太は、なつと子供達を腕に抱きながら、渡された時計をじっと見つめる。
短い針が真上にくるまで。本当に動いているのか不安になる。ルイとラズールは、今頃どうしているのだろう。鬼と向かい合っているのか。それとも、彼らは詐欺師で、とっくに逃げだしたのだろうか。
自分の荒い呼吸だけが、耳につく。鬼はもうきたのか。とうに去ったのか。別の家を狙いにいったのか。何故自分達が。夢の中で見た、あの光景は・・・・・・
「耕太」
微かに呼びかける声がして、耕太は顔を上げる。耳をすますと、もう一度「耕太」と聞こえた。
「ルイ・・・・・・? どうした?」
「ラズールが怪我をしてしまったの。薬を少し分けてくれない?」
「あっ、ああ、もちろん。あの、針がまだてっぺんにきてないが、鬼は」
「大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげる」
その瞬間、夢に見た少女の背中と、ルイの姿が重なる。
血塗れの爪と、異国の少女。
「ルイ!!」
耕太は叫びながら戸を開けて、外に飛び出した。後ろで、なつの押しとどめる声が聞こえる。だが、耕太は構わずルイの名を呼んだ。
「ルイ!! どこだ!?」
一瞬、首筋に生臭い息が吹きかけられる。ぞっとする寒気と同時に、焼け付くような痛みが耕太を襲った。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
叫びながら、肩を掴む。付け根から下の腕が、地面にどさりと転がった。
血塗れの爪が再び耕太に振り下ろされようとしたとき、鈍い音が響く。うめくような声とともに、影が飛び退いた。
「ルイ、気をつけて」
「分かってる!」
耕太の体がふわりと持ち上げられ、あっけなく家の中に連れ戻される。痛みと恐怖と混乱のなか、ラズールの「もう大丈夫だよ」という声が聞こえた。
作品名:【創作】「咎人の系譜」 作家名:シャオ