【創作】「咎人の系譜」
月明かりさえない暗闇の中、ルイは一歩も引かず鬼と対峙する。
眼前にそびえる影がぬらりと動いた。山のように盛り上がったそれは、夜空さえも覆うほど。ルイはただ、無言で視線をあげた。
『・・・・・・邪魔をするな』
軋むような摩擦音に、言葉が混じる。ルイも口を開きかけたが、思い直して首を振った。
『そこをどけ。あの悪魔とともに去るなら、お前は逃してやろう』
「何故?」
ルイは首を傾げ、鬼をひたと見据える。背後の家は静まりかえって、ラズールが出てくる気配もなかった。
「私が、子を産めないから?」
『あの悪魔に感謝するんだな。あいつが「時間」を返さぬ限り、お前は所帯を持てぬ。呪いからも逃げられる』
「いつまで呪うつもり?」
『いつまでも』
それは「笑い」なのだろうか。金属がこすれるような音が響き、鬼が牙をむき出す。
『いつまでも、永遠に。未来永劫、逃しはせぬ。どこに逃げようと、必ず見つけだして食らってやるさ』
鬼が、じわりと距離を詰めてきた。ルイはその場に踏みとどまる。尖った爪と染みついた血の臭いが、鼻先に突きつけられた。
『お前には分かるだろう。恨みの深さが。親兄弟に見捨てられた悲しみが。家族から存在を消された無念が』
「分からないね」
ルイは静かに、きっぱりと言い切る。
「いつか家族に会えると、希望を持つことが出来たあんたの気持ちなんか、分かりたくもない」
突き放した物言いに、鬼が憤怒の叫びをあげた。びりびりと空気を振るわせ、夜の闇を切り裂く。
丸太のような腕が振り上げられ、鋭い爪がルイの頭へと迫った。だが、爪先が触れるより早く、鬼の体は弾き飛ばされる。
『ぐおおおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・!!』
断末魔の叫びは、やがて細く微かな軋りとなり、闇に吸い込まれて消えた。
「やあ、遅くなってすまない」
場にそぐわないラズールの呑気な声が響く。ルイは深く息を吐き出し、
「言いたいことは言えたから、いいわ」
そう言って、乱れた髪を撫でつけた。
瞼の裏に明かりが射し、耕太は唸りながら目を開ける。見慣れた天井が映ると同時に、なつと子供達に押し潰された。
「ぶわっ!? おい!!」
「良かったあ!! 良かったあああ!!」
わんわん泣いてすがられながら、耕太はどうにか体を起こす。混乱する頭で昨夜の状況を思い返し、あっと声を上げた。
「腕! 俺の腕が!!」
慌てふためくが、両腕は無事肩から生えている。一体どうしたことかと寝間着をずらしてみれば、肩の付け根に生々しい傷跡が残されていた。
夢ではないのかと、背筋がぞくりと冷える。
耕太は、泣きじゃくるなつを宥め、ルイとラズールはどうしたのか聞いた。
「それが、気がついたら二人ともいなくて。あの子が描いた変な模様も消えてて。探しにいこうかと思ったけど、あんたがこのまま起きなかったらどうしようかって」
ぐずぐずと鼻をすすりながら答えるなつを、耕太は抱き寄せる。
「そうか・・・・・・いや、縁があったらまた会えるだろうさ」
自分に言い聞かせるように、耕太は呟いた。
また二人に会いたい。何よりもルイに会って、自分との関係を確かめたかった。
『大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげる』
あの夢を、もう一度見れるだろうか。
鳥居の足下で、ルイは耕太の家を遠くに見る。
今頃目が覚めて、なつや子供達に囲まれていることだろう。もう二度と会うことのない、双子の片割れ。
『守りたいんだ、家族を』
『なつと子供達だ』
耕太の言葉を思い出し、ルイは目を伏せた。
あの家に、自分の居場所はない。
「そろそろ行くかい?」
ラズールに促され、ルイはそちらに視線を向ける。
「で?」
「ん?」
「今度の代償はなんなの?」
ルイは、言ってみろとばかりにつんと顔を上げる。
「悪魔が無償でなにかをするなんて、ありえないんでしょ」
ラズールは「ああ」と言って、帽子を被り直した。ルイはなにを言われるかと、身構える。
「そうだね。代償は、君の家族」
にやりと笑い、ルイに手を差し伸べた。
「君は家族と離れて、僕と一緒にくるんだ」
ルイはぽかんとして、ラズールを見つめる。今更なにを言い出すのか。ルイがラズールと行動をともにするのは、最初に呼び出したときの・・・・・・
「・・・・・・はっ。悪魔なんかと契約するんじゃなかった」
ルイも皮肉な笑いを浮かべて、ラズールの手を取る。そのまま、振り返ることなく、二人は神社を後にした。
『さあ、お嬢さん。君の望みを言ってごらん?』
『家族・・・・・・家族が、欲しい。あたしの家族になって』
終わり
作品名:【創作】「咎人の系譜」 作家名:シャオ