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完 千に一つの青い森

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「弟をあの穴に置き去りにしたことは、あなたにとって、激しいストレスだった。そのストレスのはけ口が、あの置手紙だった。あなたは弟の死の責任を、私になすりつけたのよ。
そして、自分の生きづらさも、私のせいにした。あなたはいつもそうやって、自分のストレスを私に背負わせてきた。」
 「それのどこが悪い。」
「あなたは人が来ると肖像画の裏に隠れながら、毎日、桜の森を見つめていた。千本のうち、たった1本でも、ひとつでも、青い桜が咲けば、あなたはこの森を失わずにすむ。桃山家を復活させることができる。そう思いながら、生きていた。」
「もう1度、もう1度咲けば、すべては報われるんだ。桃山家は復活する。そうなれば、犠牲になった勝太郎ちゃんも報われる。」
「狂っているわ。」
「狂っているのは、お前だ。よりによって、警察なんか連れてきやがって。」
「警察に電話をかけたのは、あなたでしょう。」
「私じゃない。」
「嘘。あなたしかいないわ。」
「私じゃない!」
「あのね、電話の主はこう言ったの。『青子がおかあさんと弟を殺して、青い森に埋めた』と。この森を『青い森』と呼ぶのは、桃山家の人間だけなの。村の人はみんな、桜の森と呼んでいる。つまり、あなたしか、いないの。」
「私じゃない。私が警察に電話をかけるわけがない。だって、警察が来たら、困るじゃないか! 救急車も呼べないのに、警察なんか呼べるはずないだろう。」
そうだ、母が警察に電話をするはずがない。
「では誰?」
私はつぶやいた。
「おい、あの電話は、確か」
近藤が三瓶に言った。
「名古屋市内の公衆電話からかかっていました。匿名でした。」
「ふむ。誰がかけたのか、特定する必要があるな。」
三瓶が携帯を取り出した。

 検死の結果、弟は屋根から転落した際に、朽ちた木材が心臓に突き刺さり、ほぼ即死だったことがわかった。穴の中に転げ落ちた時には、弟はもう亡くなっていた。苦しむ時間が短かったことは、せめてもの慰めになった。弟の携帯は小屋の中に落ちていた。
鑑識が母の携帯を調べたところ、弟は木を撮影したり、自撮り棒で自分を撮ったりしていた。その写真や動画は母の携帯に自動転送されていた。弟が転落した時の、画が下に流れていく動画が、母の携帯に残っていた。
青い桜はどこにも写っていなかった。
弟が倒れていた穴の下からは、1体の白骨死体が出てきた。父だった。
取り調べで母はこう言ったそうだ。
「青子は誤解している。どこの世界に子供を愛さない母親がいるものか。私はあの子を愛していた。夫も愛していた。だから、私の思い通りにしたかった。」
 母は現在、精神病院に収容されている。

私を告発した電話をかけたのは、意外な人物だった。
私のパート先の、40代の独身の同僚、門田智子。警察が電話の声を店長に聞かせたところ、すぐに誰だか判明したという。
彼女は取り調べでこう語ったそうだ。
「憎らしかったのよ。彼女だけが正社員になるなんて、許せない。だから、ちょっと足を引っ張りたくなっただけ。」
「どうして、青い森と言ったんだ。」
近藤の問いに、彼女はこう答えたという。
「だって、彼女の名前が青い子だから。それで、青い森と言ったの。ただそれだけよ。ちょっと、ことばで遊んでみただけだわ。ほら、青々とした若葉とか、言うじゃない。そんな感じでね。お母さんと弟がいることは聞いていたし、帰省している様子がなかったから、きっと仲が悪いんだろうと思っていたの。それだけよ、ただのいたずら電話だったのよ。」

私は自分で自分の無実を証明した。だがそれによって、私は、曽祖父、祖父、母が殺人犯であることを証明してしまった。私は殺人鬼である彼らの血を引いている末裔だった。
 私は歪んだ水槽から逃れることはできなかった。
 私は大穴の淵に立った。もう、青いビニールシートは外されていた。周囲のトリカブト『四季咲き大魔王』は除草剤を浴びて、茶色に変色していた。
穴の底にはガスが溜まっている。
穴の底に倒れていた、弟と父の姿が目に浮かんだ。
 あの世で父に会えたら、どんな話を聞くことができるのだろうか。ふと、そう思った。
 いや、もういい。もう、何も知りたくない。
 この恐ろしい森も、あの忌まわしい家も、私の体に流れている罪人の血も、もう、何もいらない。もう、私の手には負えない。
ただひとつ、心残りがあるとすれば。
 できることならもう1度、悟君に会いたかった。会って「ごめんなさい」と言いたかった。「いいよ」という、悟君の声が聞きたかった。もう1度、手をつないで歩きたかった。
 でも、もうそれも叶わない。
私は少し穴から遠ざかり、助走をつけると、穴の底に向かって飛び込んだ。
次の瞬間、右腕に強い衝撃が走り、体の降下が止まった。
私の腕を、誰かが掴んでいた。
「放して。」
私は叫んだ。
「くっ。」
男の呻き声がした。あ、その声は。
「悟君!あなた、悟君ね!」
私は叫んだ。
「昇って来い!」
悟も叫んだ。
「このままじゃ、俺まで穴に落ちてしまう。俺を殺したくなかったら、昇って来い。」
私は体の向きを変えると、土壁に爪を立てた。つま先で穴の窪みを探した。悟を道連れにするわけにはいかない。つま先を入れた穴から、土がこぼれ落ちた。足が滑る前に、少し上の小さな穴に、つま先を入れる。
「早くしろ。」
悟が言った。
ああ、あの頃の悟と変わらない。校門にもたれて私を待ちながら、いつも右足をゆすっていた。私の姿が見えるとすぐに、「早く来い」と言った。手を伸ばして、私の腕をぐいと掴んだ。それから指を絡ませて、手をつないで歩いた。
 彼が左腕を伸ばして、私の腕を掴んで引っ張った。私の体は一気に穴の淵に引き挙げられた。私は地面に這いつくばり、それから立ち上がった。
「ああ、重たかった。」
そう言って、彼は荒い息をしていた。
「悟君、この村に戻っていたの。」
「ああ。」
「あなたと会うのは、中学卒業以来ね。でも、すぐに悟君だとわかったわ。」
「嘘つけ。さっき、やっと気が付いたくせに。」
「もしかして、ずっと、私のことを見ていた?」
「ああ。何しろ、警察につかまっているから、心配だったんだ。でも、声をかけることはできなかった。」
「そうだったの。」
それから彼は私を睨みつけて、こう言った。
「死ぬなよ。」
「だって」
「俺、今、無職なんだ。」
彼が言った。