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古い歯ブラシ
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novelistID. 56139
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完 千に一つの青い森

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「中学を出て、名古屋の老舗和菓子屋の跡取りとして、養子に入った。そこの店主がいい人で、俺を夜間大学まで進学させてくれた。俺だって期待に応えて頑張ったよ。だが、昨年、店は多額の借金を抱えて倒産した。店主夫婦は生命保険で借金を払うために自殺した。俺に借金を残すまいとしてね。遺書もあったし、俺にはアリバイがあった。にもかかわらず、俺もあの時、警察に『おまえが殺したんじゃないか』と疑われたよ。養い親の葬式を出し、保険会社に保険金を請求し、借金を清算し、店を片付けて不動産屋に渡した。俺はぼろぼろになったよ。貯えは底をつくし、再就職先は見つからない。何よりも、気力がなかった。生きる気力を使い果たしていた。とうとう住む所もなくなって、実家に戻って来た。もう、どうにでもなれ、という気持ちだった。さっきの君みたいに、死んだ方がましだと思っていた。そんな時に、君が刑事に連れられて、この村に帰ってきた。」
「悟君も大変だったのね。」
「いいや。いつも僕よりも君の方が大変なんだよ。昔からそうだった。」
彼はそう言った。
「君は、本当はお姫様のはずなんだ。俺なんかより、ずっと幸せな、村一番のお姫様。ところが、そうじゃなかった。貧乏な俺の方が、君よりずっと幸せだった。俺はいつも思っていた。『こっちへ来い』って。俺は君を救う白馬の王子様になりたかったんだ。ところが、俺が君を置いて、この村を出て行ってしまった。」
彼はずっと私の両腕を掴んだまま、話をしていた。私は彼と手をつなぎたかった。だから、何度も彼の手を振り払おうとした。でも、彼は私の腕を放さなかった。
「俺はこの村で半ば死に場所を探していた。そうしたら、窮地に陥った君が帰ってきた。君を助けるまでは、死ねないと思った。でも、なかなか声をかけられなかった。15年ぶりに君の前に現れた俺は、白馬の王子様ならぬ、無職のおじさんだ。俺には俺しかない。」
「そんなこと、」
「それでもよかったら、俺のところに来い。俺のために生きてくれ。」
「えっ。」
「聞いてた? 何を考えていたの。昔からそうだったよね、」
「聞いていたわ。」
ああ、もう我慢できない!
私は彼の力が緩んだ隙に、彼の腕を振りほどいた。そして彼にしがみついた。両腕に力を込めて、彼を抱きしめた。
「ずっと思っていたの。もう一度、あなたと手をつなぎたいって。あの時から、ずっと、あなたに謝りたかったの。あの日、本当は、あなたについていきたかった。お願い、もう1度、私と手をつないで歩いて。」
「わかった。」
そう言って、彼が笑った。

私は彼と手をつないで歩き出した。風が吹くと、辺り一面が花吹雪になる。陽射しを受けて、花びらが光りながら、散っていく。土の上を、波のように流れていく。
桜は桜なのだ。ただ、それだけ。森は森であり、家は家であり、血は血でしかない。
私は彼のために生き、彼は私のために生きる。繋がり、寄り添い、与えあって。大地が、獣が、植物がそうであるように。不要な生き物など、存在しないのだ。すべての生き物が、たった一つの命を輝かせて生きている。
そう、たったひとつ。
彼は私にとって、千にひとつでも、万にひとつでもない、唯一人の人なのだ。

                            完